息子を乳幼児突然死症候群 で亡くしたときのことを書いています。
※記憶が曖昧な部分も多々あります。
息子が霊柩車に乗せられ、参列者はそれを式場の玄関で見送ります。
私たち夫婦は葬儀屋さんの車で火葬場まで行ったのですが、
それが霊柩車だったのか別の車だったのか、思い出せません。
でも、自分たちが乗った車から息子を見送る人たちの姿を見ていたことを覚えています。
火葬場へ同行する家族たちはこの見送りの後、一足後でマイクロバスに乗って火葬場へ行きます。
見送られたということは、やはり霊柩車に乗っていたのか?
位牌と遺影を持っていたから見送られたのか?
…思い出せません。まぁ、あまり重要なことではないので構わないのですが。
火葬場に到着しました。
すごく複雑でくねくねした道のりでした。
後に母から聞いて知ったのですが、火葬場までの往路と復路は、別の道を通らなければならないらしいですね。
だから最初はわざわざあんなに変な道を使ったんですね。
火葬の前の、最後のお焼香が始まりました。
顔の部分だけ棺の蓋が開いており、息子の顔がのぞいています。
じっくりと息子の顔を目に焼き付けました。
まだ本当に、すやすやと眠っているみたいでした。
これから燃やされてしまうなんてまだ信じられませんでした。
早く起きて。起きないと燃やされちゃうんだよ…。
と、心の中で息子に呼びかけていました。
きっと、みんな同じ気持ちだったと思います。
そして、息子の棺が釜の前まで移動されました。
釜の扉を閉じる瞬間は、私と主人(と、たしかお坊さんも)だけが立会い、
残りの家族はそれをガラス一枚隔てたところから見ています。
外からでも熱気が伝わる釜の中に息子の棺が入れられました。
何を言っていたのか思い出せませんが、きっと私は「やだぁーー」などと言いながら、
釜の扉が閉められるのを見て泣き叫んでいました。
主人は私の肩をしっかりと抱えて震えていました。
泣きながら私たちのことをガラス越しに見守っていた家族の顔を、今でも覚えています。
すごくつらくて悲しくて、消えてしまいたいと願いました。
つづきます。