息子を乳幼児突然死症候群 で亡くしたときのことを書いています。
※記憶が曖昧な部分も多々あります。
息子はまだ小さいためか、身体の劣化が顕著に現れていました。
顔や耳には紅色のあざのような変色が出てきました。
そして確実にしぼんでいました。
耳や指先が紅色に変色し、縮んでいました。小指の爪なんか、なくなりそうでした。
赤ちゃんには納棺時のメイクアップはつかないと前日に聞いていたので、
私が自分の化粧品を駆使して顔の変色をカバーし、健康的にしました。
このメイクは、後に家族から好評でした。
そして義母に言われたように、爪や髪の毛を少しずつとっておきました。
爪は本当に消えそうな小さいかけらですが、髪の毛はしっかり一房とれました。何せ髪が多くて長かったもので。
密閉袋に入れ、ずっと母子手帳ケースに入っています。
そして、主人と一緒に最後のおむつ替えをしました。
おむつを外すと解剖の縫い跡が見えてしまうから私は見ないほうが良いのではと主人は言いましたが、「替えてあげたいの」と言って、替えました。
おしりも少ししぼんでいましたし、やはり傷跡が痛々しかったですが、しっかりときれいにしてあげました。
息子が亡くなったあとに病院で肌着を着替えさせてくれたときに一緒におむつも替えてくれていたのですが、このときおむつには少しだけ便が付いていました。不思議です。
それぞれの両親が自宅に到着しました。
礼装に足りないものを持ってきてもらい、身支度が整いました。
主人の両親には、お供え一式を用意してもらい、とても助かりました。
通夜葬儀のときに供えてある食べ物一式です。
ベビーぼうろや、紙パックのベビー用ジュースなどを買ってきてくれました。
あと、いわゆる山盛りごはんに箸を立てててあるやつ(何ていうのか知らない)も必要とのことだったので、ごはんと子ども用の茶碗、子ども用のお箸も用意してくれていました。
あとは前日に葬儀屋さんから説明されていたお月見団子のようなものも、作ってきてくれていました。
そして子どもらしいデザインのコップも用意してくれていました。
前日も夕方までうちにいたのに、自分たちの準備もある中で夜の間にここまでしてくれていて本当に感謝です。
そして式場へ向かう時間になりました。
このとき葬儀屋さんが迎えに来たのか自分たちだけで行ったのか思い出せません。
私たち夫婦が自分たちの車で式場へ行ったことは覚えているのですが、
息子を抱っこして行ったのか、葬儀屋さんの車に乗せたのか…思い出せません。
たぶん、私が抱っこして自分たちだけで行ったような気がします。
そして実は、主人の両親が自宅には寄らずに現地で落ち合ったような気もするのです。
とにかく記憶が曖昧です。
いずれにせよ、息子が息子の姿で家にいるのはこれで最後。
「行きたくないよね」と息子に話しかけながら出かけました。
つづきます。