日本の三大航空機メーカーとして、中島、三菱、川崎は揺るぎない存在でした。
この3社は飛行機のみならず、航空用エンジンの開発にも力を注ぎました。

三菱重工業 海軍機の象徴 零戦 「栄」と「金星」エンジン搭載
中島飛行機 陸軍期の象徴 隼 「ハ25」エンジン(栄と同じ)
川崎航空機 飛燕 「ハ40」エンジン
「栄」「ハ25」エンジンの特徴
当時、欧米で作られた同クラスのエンジンと比べ、軽量・コンパクトなことです。
たとえばアメリカのF4Fと零戦二一型を比べると、機体重量は1トン近い差がありました。
このため、最大速度や機動性能は零戦の方がはるかに勝っていました。
「栄」エンジンを開発した中島飛行機は、「九七式戦闘機」、一式戦闘機「隼」、四式戦闘機「疾風」などの開発、零戦の3分の2の生産を行いましたが、終戦後、占領軍から解散を命じられ、消滅しました。
残された技術者の多くはその後、富士重工業 (スバル)などで車の開発に従事し日本の自動車産業に貢献しました。
「ハ40」エンジンの特徴
当時の日本で唯一の量産液冷戦闘機であり、ドイツの液冷航空エンジンを国産化したハ40
機体の空気抵抗低下と冷却効率の両立を図った
液冷戦闘機の抵抗面積は空冷戦闘機に比べて20 %程度減少し、速度は6 %向上したといわれている。
しかし、当時の基礎工業力や資源欠乏から生産が難しい精緻な構造のエンジンであったこと、日本の整備兵は液冷エンジンに不慣れで整備作業そのものも難しいなど運用側にも負担となったことなどから、生産・運用ともに問題が多く発生したようです。
戦後、この技術者たちが自動車産業などの開発に貢献したのは有名です


