栗林忠道

第二次世界大戦末期の硫黄島の戦いにおける、日本軍守備隊の最高指揮官

米軍の猛攻に耐え、自決を禁じ敢えて持久戦で耐えた猛将、強大な物量を持つ米軍に予測以上の損害を与えた高い統率力が後世の軍事研究でも高く評価されている

 

 

 

 

米軍は約8カ月間の断続的な空襲、3日間の激しい艦砲射撃の後、1945年2月に上陸。日本軍は地下壕を張り巡らせてゲリラ戦を展開した。3月26日の陥落までに戦没者は日米で計約2万9千人におよぶ。先ずは合掌

 

シャーマン戦車は硫黄島ではとっても魔改造だった
 
映画「ヒューリー」の
イメージが強いこの戦車 硫黄島ではもっと違う形になって使われました
 米軍は硫黄島に3個大隊で合計150両の戦車を配備しました。 硫黄島の戦いの終わりに、3個大隊は合計44両の戦車を失い 硫黄島の戦車の作動率は、大隊間で平均60%であったと記されています。 戦車兵の損失は合計320人の損害があり、そのうち60人が戦死 
今も硫黄島に残る戦車 正面の被弾痕が激戦を物語る
 

 

 

硫黄島のシャーマン戦車の特徴

 

 

 

日本軍の肉薄攻撃に対抗するため、砲塔上面や車体上部のハッチ周囲にトゲをたくさん付け、日本兵が容易に開けられないようにしている 周囲に予備のキャタピラ等を付け装甲を強化 コンクリートや木の板等で車体左右を固める 等

 
 
 

格好はよくないですね

日本軍の対戦車砲や地雷攻撃に対抗するためとはいえウ~ン 

 偽装して草木や、くぼ地の中に潜む日本兵というのは、カモフラージュした大砲や戦車などとは比べ物にならないほど見つけるのが難しく、状況によっては最も厄介な相手で、地下陣地から飛び出し捨て身で戦車に飛び付き地雷を張り付けたりハッチから手榴弾を投げ込んで来る  恐ろしかったと思います

この写真、兵士が疲れて恐れすら感じている感じがします。
上陸したものの、集中砲火で動けない 戦車の砲が上を向いているので戦車正面が
摺鉢山なのかな 

 戦車兵に限らず、命がけで戦っている兵士にとって、相応の努力をすれば生存率が上がる即興の改造は、たとえ傍目には仕上がりがみっともない、すなわちカッコ悪くなるようなものであったとしても、試してみる価値があったといえます。
 
日本軍の鹵獲戦車を動かす米兵
 
硫黄島のシャーマン戦車作ってみようかな