-25年程前の話-

前にもお話した様に、私はお洒落が大好きです。
アメリカの服に関しては私ら兄弟は本当に詳しいです。
東京に居た時は、原宿、渋谷、代官山、高円寺、中野、上野等兄やワイフ達と荒らしていました。
上野は特に生まれた所から近かった為足繁く通っていました。
そこで露天商をしていたイスラエル人のウディと知り合いました。
ウディは母国語のヘブライ語と英語のみ話せます。
私、意外に日常会話程度の英語が話せるのです。
ウディは韓国で仕入れたロレックス等のコピー品を売っていました。
彼は私の拳に有る拳ダコを見て私に話しかけてきたわけです。
聞くと、イスラエルで忍術、キックボクシングをやっていたとの事。
事実かどうか判りませんがイスラエルのパラシュート部隊に所属していたとの事。
で、今は池袋の極真会館総本部と当時下北沢に有った山木キックボクシングジムに通っているとの事。
でも月謝が高いから通えない、と言った為私が教える事になったのですが、外国人は厄介です。
大山倍達先生が言っていましたが、外国人は力を見せないと信用しません。
で、必然的に戦う事になったわけです。
彼は身長175センチ体重80キロ位。
ウエイトトレーニングで見事に鍛え上げた良い身体をしていました。
私はと言うと当時身長170センチ体重は65キロ位。
まぁ、力は物凄く強かった(後でベンチプレス120キロをスイスイ上げていました)けども、キックルールでローキックほぼ一発で終了。
勿論、私の勝ち。
それからは、自分より強いのが分かると何でも私の言う事を聞きました。
それで、約半年間、東京の高田馬場に有る公共体育館で今の高橋道場の技術を教えました。
教える事の楽しさを知ったのもその時だと思います。
そう、だから私の一番弟子はイスラエル人だったのです。
そのウディも戦死したと後に聞きました。
合掌

今日は昔話をさせて頂きました・・・・・。