以前、「キャラのふつうじゃなさの特徴付け」という記事で、和泉紗霧(エロマンガ先生)の変態さや、神野めぐみのビッチ的振る舞いが、関係の公理の違反によって示されていることを見ました。
今回見ていく例では、前回の例よりももっと直前の会話(先行文脈)と関係のないことが発話されています。
初めに、神野めぐみが初めて和泉家を訪ねてきた場面を見てみましょう。
「わかった、よろしくな、めぐみ」
「はいっ!」
輝かんばかりの笑顔。
そのへんの男子なら、一発で虜にしてしまえるような可愛さだった。
「で、君はなんでうちに? 紗霧にプリントでも届けに来たの? 」
「………………」
「ん? どした?」
聞くと、めぐみは急にむすぅっとして、
「あっれぇ〜? おっかしーなぁ、あたしに一目惚れしない男の子なんて、いるわけないのに」
もの凄いことを言い始めやがったな。どんだけ自信家なんだ。
「おにーさんてぇ、男の子が好きな人?」
「違う! どうしてそういう結論になるんだ!」
「だってぇ、あたしが全力で笑ってあげたのに、ちっとも動揺しないんですモン」
(伏見つかさ『エロマンガ先生―妹と開かずの間―』電撃文庫,2013年,pp. 97-98)
[アニメ版だと第2話 リア充委員長と不敵な妖精のアバン]
自己紹介を終えためぐみに、和泉正宗はやってきた理由を訊きます。ところがめぐみはそれに答えず、いきなりそれとはまったく関係のない「あっれぇ〜? おっかしーなぁ、あたしに一目惚れしない男の子なんて、いるわけないのに」という発言をします。
さらに、それに続けて「おにーさんてぇ、男の子が好きな人?」と言っています。つまり、和泉正宗が何の好意も示さないことと、自分に一目惚れしない男の子なんているわけないというところから、勝手に和泉正宗がゲイだという結論を導き出しています。
このめぐみによる一連の発話は、「君はなんでうちに?」というもともと和泉正宗が発した質問とは何の関係もないものです。
これによって、神野めぐみがやたらと自分に自信をもったKY(空気読めない系)なところのある子だと言うことが特徴付けられています。
この場合も、KYな自信家という、世間一般の価値観からずれた登場人物が描かれていて、読者・視聴者という外野から見れば、ずれがあるのでギャグ的・滑稽に感じられるのです。
次に、神楽坂あやめと山田エルフの会話です。神楽坂あやめは和泉マサムネの担当編集ですが、山田エルフは別レーベルの売れっ子ラノベ作家です。
山田エルフは神楽坂あやめに対して一方的に、この出版社で書いてあげてもいいと偉そうなことを言い続けていますが、神楽坂あやめは拒否し続けます。
「なんでダメなのよ!」
言い争いをしている声が聞こえてきた。
うおっ! なんだなんだ? エレベーターホールから廊下を覗き見ると、神楽坂さんと、金髪の女の子が向き合って話していた。というか揉めていた。
「私が決めることではないからです」
「待ちなさい! このわたしが! オリコン一位のこのわたしが言ってるのよ!」
[…]
「だから? […]なんで私が他社に利するような真似をすると思うんですか?」
「フフッ、わがままね! やれやれ、仕方ない……特別にわたしの次シリーズ、あんたのところで書いたげる! それならいいでしょ!」
「えっ、なに? よく聞こえなかったわ。オリコン一位のわたしが、史上最高の美少女ラノベ作家であるこのわたしが、裏切り者の汚名を被ってまで! この出版社で書いてあげてもいいと言ってるのよ? こんな破格の条件、これを逃したら未来永劫ないわよ?」
どんだけ自己評価高いんだよこいつ。
「はぁ〜……そろそろ帰ってくれませんかね―あっ!」
(伏見つかさ『エロマンガ先生―妹と開かずの間―』電撃文庫,2013年,pp. 147-148)
[アニメ版だと第2話 リア充委員長と不敵な妖精のBパート]
ここで山田エルフは、神楽坂あやめにとってどうでもいいことを延々まくし立てています。
山田エルフの会話は、どうでもいいという点に着目すれば、「関係あることを言え」という「関係の公理」の違反になります。
ただ、関係ないことを延々言うことは、グライスの「量の公理」のこれまで取り上げてこなかったの後半部分、つまり「必要以上に多くの情報を提供しないこと」の違反とも考えることができます。
つまり、「関係の公理」の違反というのは、関係ない情報、つまり必要でない情報を与えていることになるので、取りようによっては「量の公理」の違反とも考えられるのです。
以上からわかるように、グライスの4つの公理というのは、どれか1つだけが成り立つ(つまり相互排他的である)というよりも、いくつかのものが当てはまると考えられることもあるのです。
このような4つの公理の重複については、また考えてみたいと思います。
この山田エルフの一方的発話も、同じようにKYな自信家という点で、会話の一般的な流れからずれているので、読者・視聴者から見ればやはり滑稽です。
また、一方的で相手の言うことを聞かずに関係ないことを延々という部分から、山田エルフが タカビー(高飛車)なキャラであることが特徴付けられています。
これは実は、神楽坂あやめにとって利益にならないことに関して、山田エルフが「書いたげる」「書いてあげてもいい」というふうに神楽坂あやめの利益になるような言い方をしていることからも来ているのですが、このような側面に関してはまた機会を改めて見ていきます。