人はふつう、何かを発話する場合、会話の前の部分と関係のあることを言います。そうでなければ、イラっとします。

 

次の場面は、ラノベ版だけにあるものですが、和泉マサムネが担当編集者である神楽坂あやめから、自分の小説『転生の銀狼』の感想を読むよう言われている場面です。

 

急かされたので、渋々と紙束を手に取る。大型掲示板のスレッド書き込みや、読書感想サイトの記事などがプリントアウトされているようだ。
「あの~……」
「なに?」
「俺の作品をディスってる内容ばっかなんですけど! 気のせいですかね!」
「そうですが何か?」
俺のやる気を引き出すプレゼントだったはずでは!?
私って、人にディスられると超やる気出るタイプなんですよ
アンタの話はしてねえ! 俺はディスられると普通に落ち込むタイプなんだよ!」
(伏見つかさ『エロマンガ先生―妹と開かずの間―』電撃文庫,2013年,p. 56)

 

ここでは和泉マサムネが、自分のディスっている内容の感想ばかりだったことに関して、神楽坂さんに「のやる気を引き出すプレゼントだったはずでは!?」と言っています。

 

ふつう、このような場合、神楽坂さんは「あなたにやる気を出させようとして、あえてこういうものを渡しているんです」のように、俺(和泉マサムネ)に関する話をしないと、会話の流れがおかしいことになります。

 

ところが神楽坂さんは、「私って、人にディスられると超やる気出るタイプなんですよ」と、俺(和泉マサムネ)と関係のない自分の話をしています。その結果、和泉マサムネは「アンタの話はしてねえ!」と怒ることになるわけです。

 

このように直前の会話(先行文脈)と関係のないことを言うことは、ポール・グライスという哲学者が言っている、会話で守らなければならない決まりごとの1つである「関係あることを言え」に違反しています。だから、やってはいけないのです

 

いわゆるKY(空気読めない系)の人は、このような「関係のあることを言え」を守れずに、関係のないことをいきなり言い出して、場の空気を乱す人のことだと説明することができます。

 

ところが、このような決まりごとを、登場人物にわざと破らせることによって、作者がその登場人物の特徴付けをおこないつつ、意外な展開を作り出すことがあります。例えば、紗霧ちゃん

(エロマンガ先生)と山田エルフが対面する次の場面を見てみましょう。

 

「よう、こうして喋るのは初めてだな―会えてうれしいよ、山田エルフ先生」
「……エロマンガ、先生?」
「いや、そんな名前の人はしらない」
[…]
「……マサムネ、違うって言ってるけど?」
「いまのはエロマンガ先生の口癖みたいなもんだから、気にしないでくれ」
[…]
「やべえ! エルフ先生、間近で見たら超かわいい! ねぇねぇ、いま、どんなぱんつはいてんの?


「え? どんなってシルクの……」
素直に白状しそうになったエルフは、そこでハッと気づき、一気に赤面した。


い、いいい、いきなりなんてコト聞いてくるのよ! 危うく答えちゃうところだったじゃない!」
「へーっ、シルク生地のショーツなんだ。色は? やっぱり白?」
話を聞けえこら―!!」

(伏見つかさ『エロマンガ先生2―妹と世界で一番面白い小説―』電撃文庫,2014年,pp. 55-57)
[アニメ版だと第5話 妹とラノベ企画を創ろうのBパート]

 

ふつうに会話していて、相手のことをかわいいと言うところまではありえます。

 

ですが、いきなりはいているぱんつについて尋ねるという会話の流れは、ふつうありえません。相手がかわいいということと、どんなぱんつをはいているのかということは、(エロ親父が女の子に言い寄っている場面などではなく、)ふつうの会話の流れを考える限り関係のないことだからです。

 

そのような常識を破ることによって、紗霧ちゃんの「変態である」というキャラの特徴付けを明確にしていると解釈することができます。

 

同じようにキャラの特徴付けをしていると考えられる部分として、神野めぐみが和泉正宗に電話してきた次の場面を考えてみましょう。

 

「はい、和泉です」
『あ、おにーさん! こんにちはーっ!』
受話器から、元気はつらつな声が聞こえてくる。
俺に電話をかけてきたのは、
「……めぐみか……」
神野めぐみ。友達作りが大好きな、紗霧のクラスの委員長。
[…]
『はいはーい、みんな大好きめぐみんですよー』
[…]
ところで、おにーさん……いま、あたしがぁ……どんなカッコしてると思います?
「いや、わからんけど」
そう答えると、めぐみは悪戯っぽい声でささやきかけてきた。
『は・だ・か』
「!」俺はドキッと一瞬硬直して、「は、はだ……っ」
いま、こいつ、なんて… …。
『えへへ、実はぁ、いまオフロに入ってまーす』


ぱしゃり。水音が聞こえてくる。
な、なんだ! 風呂か……!
ど、ドキドキさせやがって〜! いったい何事かと思っちゃったじゃねーか!
(伏見つかさ『エロマンガ先生2―妹と世界で一番面白い小説―』電撃文庫,2014年,pp. 101-102)
[アニメ版だと第5話 妹とラノベ企画を創ろうのBパートの終わり部分]

 

ふつうにクラスメイトの兄に電話をしている場面で、いきなり自分のカッコについてどう思うか尋ねることは、会話の流れからすると、いきなり関係のない話を始めていて、おかしなことになります。これによって、(ファッション・)ビッチとしての特徴付けがなされていると解釈することもできるのではないかと考えられます。

 

さて、これまでにポール・グライスという哲学者が言っている、会話で守らなければならない決まりごとを3つ挙げてきました。こういうものはいくつあるのでしょうか。実は4つあるとされています。次回は4つ目の話をしていこうと思います。