紗霧ちゃんは嘘をついているのに、なぜ腹が立たずに、逆に萌えてしまうのか。

 

『エロマンガ先生』の最大の魅力は、変態で口下手で嘘つきの紗霧ちゃんの可愛さだと思います。

女の子のパンツを見たいという欲望をもっているという変態の部分は置いておいて...

 

口下手で嘘つき(というか口下手なのではっきり言えず結果的に嘘をついたことになってしまう)という特徴は、彼女のキャラ設定の一部になっていて、それに萌える部分があるのです。

 

ではなぜ、紗霧ちゃんの嘘には腹が立たないのでしょうか。

 

しばらく、嘘をつくということについて考えてみたいと思います。

ふつう、人は相手に嘘をつかれると腹が立ちます。例えば、次の小説では子供がついた嘘に母親が激怒しています。

 

「ねえ、航、今日、お友達とケンカしたんだって?」
尋ねると、航の手のひらにわずかな緊張が感じられた。
してない
「でも、お友達を叩いたんでしょう?」
たたいてない
[…]
「あのね、ママは怒ってるわけじゃないの。ただ、どうしてそうなったのか、ちゃんと話して欲しいの」
「しらないよ、ぼく、そんなことしてないもん」
「嘘をついちゃいけないって、いつも言っているでしょう」
うそじゃないもん、ほんとうだもん
あまりにしゃあしゃあとシラを切るので、思わず大声を出して叱りつけてしまいそうになった。

(唯川恵『テティスの逆鱗』文春文庫,2014年,pp. 27-28)

 

紗霧ちゃんも、自分の正体が「エロマンガ先生」だということに関して、何度も嘘をついています。

具体的には、紗霧ちゃんの有名な何度も出てくる台詞「そんな名前の人はしらない」が嘘です。

 

「エロマンガ先生、なんだろ?」
かなりの間があってから、紗霧はぽつりと零す。
「………………そんな名前の人はしらない


妹はじっと俯き、黙り込んでしまう。俺も華奢な妹の姿を、無言で見つめ続ける。
やがて……彼女は、俺の視線から逃れるようにそっぽを向いて、恥じらうような声で前言を撤回する
「……わ、悪い?」


ここでようやく、俺の相棒の正体が確定した。

(伏見つかさ『エロマンガ先生―妹と開かずの間―』電撃文庫,2013年,pp. 62-63)

[アニメ版だと第1話 妹と開かずの間の13分くらいのところ、紗霧ちゃんの表情かわいい]

 

自分自身がエロマンガ先生であるということは、当然自分では知っています。したがって、「そんな名前の人はしらない」というのはです。

 

でも、ここで、彼女の様子を描写した部分に着目してみましょう。
「じっと俯き」「視線から逃れるように」「恥じらうような声で」


要するに、恥ずかしいから嘘をついているのです。これは、上の小説『テティスの逆鱗』で見たような、わざと反抗してついている嘘とは、同じ嘘でも少し違います。

 

この嘘をつくということは、ポール・グライスという哲学者が言っている、会話で守らなければならない決まりごとの1つである「偽と信じていること、十分な証拠のないことを言わないこと」に違反しています。だから、本当はやってはいけないのです。

 

ただし、相手が嘘だとすぐわかることを言う形で、わざと「偽と信じていることを言わない」に違反することによって、何か別の意味を伝えたい場合、嘘をつくことが許されます。つまり、バレバレの嘘によって言外の意味を伝えるのです。

 

例えば、ラノベ作家である主人公、和泉マサムネが、たかさご書店の看板娘、高砂智恵に新作のモデルになってくれるよう依頼した場面を見てみましょう。ここの高砂智恵の反応は、「思ってないからね」という文字通りの意味を嘘だとバレバレの形(ここでは典型的なツンデレの形)で言うことによって、実際には「思ってる」ことを伝えています。

 

「え? なに? おまえ、ノリ気なの?」
「ん、まぁ、友達の頼みだからね! べ、別に、自分が商業ラノベに登場するなんて素敵!ドリーム小説のハイエンドバージョンじゃん! なーんて思ってないからね!
思ってるらしい
(伏見つかさ『エロマンガ先生2―妹と世界で一番面白い小説―』電撃文庫,2014年,p. 112)


このように、バレバレの嘘を、一種の恥ずかしさから「照れ隠し」として使うことが、実際の会話では結構あるのです。ツンデレというのはその典型的な形です。それによって、「そうなんだけど、恥ずかしいからそうだなんて言いたくない。そうだと察してよ」ということを言外の意味として伝える場合があります。実はこういったことすべてが、言語学の語用論という分野の分析方法によって、説明できるのです。

 

このブログでは少しずつそのようなことをやってみたいと思っているのですが、読んでいただいた方はどうでしょうか? 面白いでしょうか?

 

紗霧ちゃんの口下手な部分については、また書くことにします。