今月20日に催される被災地支援チャリティーコンサート『故郷』に
岩手県陸前高田の女子高校生が招かれました。
その岩手県立大船渡高校3年の佐々木瑠璃さんは母、祖母、叔母、
いとこを亡くし祖父は今も行方が分かっていない。
瑠璃さんはトランペットをやる事を応援してくれた母のために『負けないで』を
遺骨に聞かせようと思い立ち、練習し4月11日に海に向かって吹いた。
その時の泣きながらトランペットを抱きしめる姿が朝日新聞に掲載され、
その記事を岩手県石巻市出身の東京フィルハーモニー交響楽団トランペット奏者
安藤友樹さんらが見て「何かのきっかけにして欲しい」と出演を依頼したのです。
最初はプロの人たちばかりなので戸惑いましたが「津波の怖さ、被災者の悲しみ
が一人でも多くの方に伝わるのなら」と決意しました。
また亡くなった母たちが用意してくれた舞台だと思うようにもなりました。
コンサートは新宿区の東京オペラシティで午後7時開演。入場料5千円。
収益は被災地の学校への楽器提供などに当てられるそうです。
瑠璃さんは将来の夢は救命救急医だそうです。
当初は獣医師にあこがれていましたが、今は人の命を助ける仕事を目指すそうです。
瑠璃さんならどんな困難でもくじけず夢に向かっていけるでしょう。
『負けないで』
先日義兄から電話があり、姉を見舞ってくれとの事。
姉は体調を崩し、入退院を繰り返していたが1ヶ月前に見舞った時は元気だった。
義兄がわざわざ電話してきたのには訳があった。
「意識があるうちに会いに来てくれ」
義兄が沈んだ声で告げた。
「意識があるうちに?」
「そう、あいつが会いたいと言ってるから」
「姉さんが?」
「うん」
親父と行く事にして病室を聞いた。
「2階の緩和ケアセンターにいるから」
この時は『緩和ケアセンター』がどういうものか知らなかった。
で、調べてみた。
入院対象
『悪性腫瘍があり、自宅で過ごす事が難しい方
身体衰弱があり自宅で過ごす事が難しい方』
さらに
『腫瘍そのものを治す治療ではなく、痛みや吐き気などを和らげる治療
延命治療を行わず、その人らしい安らかな最後を迎えられるように援助』
つまり末期がんの患者が入院しているところという事。
腫瘍が出来ていてはいたが何回か手術をしていてよくなっていると思っていた。
実際見舞いに行くといつも元気だったから。
姉が入院している緩和ケアセンターに行くと、ほとんどの病室に『家族面会中』の
札がかかっていた。
ここは24時間いつでも面会が許されている。
俺と親父は病室に入って行って姉を見て驚いた。
物凄く痩せている。
元々姉は太めだったのだが、今は30キロ台だと力なく言った。
姉は俺と親父に涙ながらに語った。
「もう十分頑張ったからいいよね?」
俺と親父は何て答えていいかわからず黙っている。
「痛み止めが効かなくて辛い、今だって物凄く痛い」
「そんなに?」
「痛みを押さえるのに痛み止めを多く打つと意識が混沌とするんだ」
義兄が辛そうに言う。
「そう、今も痛み止めを打ってもらっているんだけど、少なめにしてもらって
話せるようにしているの」
「だからちょっと、ろれつが回ってないだろ」
確かにろれつが回っていなかった。
まさかここまで悪くなっているとは・・・
「わたし何か悪い事したかな」
姉は涙ぐむ。
「そんな事ないよ」
俺は声を絞り出した。
姉は窓の外を見てつぶやいた。
「神様なんていないんだね」
その時、姉の身体に沢山のチューブで繋がっている機械がアラーム音を出した。
「じゃあまた来る」
俺と親父は部屋に入って来た看護師と入れ替えに部屋を出た。
「今日はありがとう」
義兄に見送られて病棟を後にした。
帰りの車の中で俺と親父は無言だった。
『神様なんていない』
俺もそう思った。
お久しぶりです。
遅くなりましたが先の地震の被害等はありませんでした。
本棚の本がちょっと落ちたぐらいです。
ニュースで見たかもしれませんが神奈川では被災地でもないのに
物がありません。
コンビニ、スーパー、ホームセンター等軒並み、水、トイレットペーパー、
ティッシュ、電池、お米、パン、カップ麺、牛乳などがありません。
棚は空です。
スタンドにガソリンもありません。
神奈川は揺れはしたけど、ほとんど被害らしい被害はないんですよ。
天井が落ちた所が何箇所かありましたけど、それでも東北に比べたら
被害など無いに等しいです。
それなのに物が無い。
ここ2~3日で少しはましになりましたが相変わらず品薄状態です。
不安になる気持ちは分かりますが買占めは止めて欲しいです。
計画停電もあり、生活用品の品薄状態でまるで被災地のようです。
先日は懐中電灯の灯りで入浴しました。
入浴できるだけでも幸せなのかもしれませんけどね。
そんな訳で不自由な生活をしていますが元気です。