時に天正10年6月2日早朝の事であった。
信長は物音に目が覚めた。
「成利はおるか」
「はい」
次の間で控えていた森成利が進み出た。
「外が騒がしい、喧嘩ならやめさせよ」
「承知しました」
成利は嫌な予感がした。
廊下を走り素早く外の様子を伺った。
その時すでに本能寺は1万3千の軍勢に囲まれていた。
成利はあわてて信長に報告した。
「殿、一大事でございます」
「何だ」
「多数の軍勢に囲まれております」
「何だと!どこの手の者だ」
「はっ、桔梗の旗印でございます」
「桔梗だと?」
信長は考え込んだ。
桔梗・・・桔梗・・・誰だ?
「明智勢でございます」
「何?明智とな」
再び信長は考え込んだ。
明智・・・明智・・・誰だ?
「キンカン頭でございます」
信長はそれを聞いてすくっと立ち上がった。
「こしゃくなキンカン頭め、・・・湯漬けを持て」
長隆が慌てて茶碗を持って来た。
こういう時ぐずぐずしていると信長は激怒する。
室内は緊張感に包まれた。
信長は湯漬けを一気に食べ終わると扇子を広げた。
「舞うぞ」
信長は敦盛を舞った。
人間五十年~
その時、表で時の声が上がり、戸や壁に次々に矢が刺さった。
「む~舞う暇も無いか、弓を持て」
信長は弓を持ち、戸を開けさせた。
とたんに降り注ぐ矢。
「戸を閉めよ」
慌てて閉めたが間に合わず、信長の髷に矢が刺さった。
「殿、大丈夫でございますか」
「うむ、弓では駄目だ、槍を持て」
信長が槍を掴むと戸が蹴破られ次々と兵がなだれ込んできた。
その兵たちを一瞬でなぎ倒し、信長は奥へ走った。
「長氏、女供を逃がせ」
「成利、火を放て」
次々と配下の者に指図しながら信長は奥へ走った。
髷に矢は刺さったままである。
奥の間で信長は森兄弟に頭を下げた。
髷に矢は刺さったままである。
「もはやこれまでだ、お前たち今までよくワシに仕えてくれた」
「殿!」
「このままキンカン頭にやられるのはしゃくだ」
「しかし、どうにもなりませぬ」
「ワシはサルにこの事を伝えに行く」
「えっ、羽柴殿にですか?」
「そうだ」
森兄弟は顔を見合わせた。
殿とて人の子、心がやられてしまったか・・・
「なんて顔をしておる」
成利は髷に矢が刺さったままの信長をまっすぐ見た。
「殿!羽柴殿は備中高松城で毛利と対陣しております」
「分かっておる、キンカン頭を討つのはあやつしかおらん」
「しかし・・・」
「分かっておる、これから備中に行く」
「しかし、すでに外はキンカン頭の軍勢に囲まれております」
信長は分かっているとばかりにうなずいた。
「さらばだ、出来れば生き延びよ」
髷に矢が刺さったままの信長はユラリと消えた。
「殿!」
その時一団の兵が奥の間に押し寄せた。
羽柴秀吉はその頃まだ寝ていた。
信長はその秀吉の頭を蹴飛ばした。
「うわっ・・・何事」
秀吉は突然のことに頭が付いていかずキョロキョロした。
「サル、起きよ」
「あっ、これは殿。何故ここに?」
秀吉は信長をまじまじと見た。
着物は破れ、ところどころ血がにじんでおり髷に矢が刺さっていた。
「それにしても斬新な髷ですな」
「髷?」
信長はここに来て初めて矢の存在に気が付いた。
しかし、面白いのでそのままにした。
「実はワシは本能寺でキンカン頭に襲撃された」
「何ですと!!」
秀吉は立ち上がった。
「こうしてはいられない、すぐに京へ向かいます」
「待て待て、毛利はどうするのだ」
「この際捨て置きます」
「待て待て、あせるでない」
信長は秀吉をなだめた。
「すぐに和平しろ」
「和平ですか」
「うむ、この際仕方ない」
髷に矢が刺さったままの信長は悔しそうだった。
「分かりました、早速」
秀吉は支度を始めた。
それを見て信長は 立ち去ろうとした。
「あっ、殿、これからどうなさるつもりでございますか?」
「うむ、大陸に渡ろうと思う」
「大陸でございますか」
「ワシももうすぐ50じゃ、大陸で最後の花を咲かせてみせる」
「私は殿がいないと何も出来ませぬ」
「いやいや、お前はもう立派な武将だ。ワシの後は任せた」
「しかし・・・」
「さらばだ、ワシはチンギス・カンになるつもりだ」
「義経ですか、時代が違います」
秀吉の冷静な突っ込みに安心したようにうなずきながら、
髷に矢が刺さったままの信長はユラリと消えた。
秀吉は信長が消えた後をしばらく見ていた。
「これから忙しくなるな」
そう言って秀吉はニヤリと笑った。
終わり