世の中に出回るお金の量(マネーストック)が増えすぎると、たちまちインフレになると考える人が多いようですが、それは間違いです。
生産能力が向上し、生産されるモノ、サービスが増えれば、それに応じてお金の量が増えても、インフレにはなりません。生産量に比例して、お金の量が増えるのであれば、インフレになりようがありません。
むしろ、生産能力が高まり、生産量が増えているのに、お金の量が増えなければ、かえってデフレになってしまいます。
生産量が増えていないのに、お金の量だけが増えれば、その場合はインフレになりますが。
要するに、生産量とお金の量とのバランスが取れていればいいのです。
さて、現代において、科学、技術はとどまることなく進歩、発展します。その進歩の度合いは、年々加速度を増しているほどです。
最近では、コンピューターが著しい進歩を見せています。そのコンピューターが、生産現場のあらゆる場所において活用され、日本全体の生産能力の、著しい向上を成し遂げています。
以上のように述べると、「それはおかしい、日本のGDP (国内総生産)は、この30年間、ほとんど伸びていないではないか。どうして生産能力の向上があったと言えるのか?」と言う反論が返ってくるでしょう。
いえいえ、それはマチガイです。
確かにGDPは増えていませんが、そもそもGDPとは、日本国内で生産したモノ、サービスを、いくら買ってもらえたかと言う数字なのです。
たとえ生産能力が高くて、大量にモノ、サービスを生産しても、それを買ってもらえなければ、売れ残りが生じてしまい、何もなりません。生産する側は、買ってもらえる範囲内に、生産を縮小するしかないのです。
したがって、GDPも伸びようがありません。
このように、たくさんのモノ、サービスを買ってもらうためには、当たり前のことですが、国民がたくさんのお金を持っていなければなりません。国全体の生産能力の向上にふさわしい、お金の量を持っていなければなりません。
しかし、日本国民は十分なお金を持っていないのです。それは、統計を見るとよくわかります。
日本は戦後の高度経済成長期から、その後の安定成長期と、常に右肩上がりに経済成長してきました。
1955年には、名目GDPはわずか8.6兆円であったのが、1997年には、521兆円にまで大幅に増大しています。
42年間でGDPは60倍になっているのですから、すさまじいばかりの経済成長ぶりです。
それでは、この42年間に日本全体のお金の量は、どのように変化したでしょうか?こちらもまた、すさまじいばかりの増加ぶりです。
「マネーストック」統計によると、1955年には4.3兆円であったのが、1997年には569兆円になっているのです。こちらは132倍の増加です。
GDP 60倍の成長の裏には、お金の量132倍の事実があったのです。
確かに、モノ、サービスの量が60倍になれば、それを売買するためには、お金の量もそれ以上に増加しなければ、経済は回らないでしょう。
そして、この42年間の消費者物価の上昇は、5.8倍に過ぎないのです。お金の量が132倍になったら、物価も132倍になると言う事は起きていないのです。
なぜなら、日本はそれだけ生産能力が向上(GDP 60倍)したからです。もし、生産能力が向上していないのに、お金の量だけ132倍になっていたら、物価も132倍になっていたでしょう。
さて、1997年までは、日本は常に右肩上がりで経済成長してきたのに、それ以後ピタリと成長が止まってしまいました。およそ26年間、経済成長していないのです。他の先進諸国は、いずれも2倍、3倍とGDPが伸びているのにです。
これは、一体どうしたことでしょう。
先にも述べたように、科学、技術はとどまることなく進歩発展します。しかも、そのスピードは時代とともに加速していると言えるでしょう。
10年前には、スマートフォンは無かったのに、今は誰もがこれを所持しています。しかも、スマホは年々バージョンアップしていきます。
スーパーマーケットに行けば、セルフレジまたは半セルフレジ、車の自動運転は、各地で試験的に行われ、実用化も近いでしょう。
工場の中では、機械は皆コンピュータを内蔵し、プログラムに従って、ものすごい勢いで生産しています。
1997年当時より現在の方が、明らかに日本全体の生産能力は、かなり向上しているはずです。
それなのになぜ、経済成長は止まったままなのか?
1997年から2023年の、26年間のマネーストックの伸びを見てみましょう。
1997年は569兆円で、2023年は1200兆円なので、約2倍になっています。
では、1997年より以前の26年間の、マネーストックの伸びを見ると、1971年は57.5兆円で、1997年は569兆円なので、約10倍に増えています。
同じ26年間で、お金の増え方が2倍と10倍と言う、大きな違いが出ています。
そして97年より前の26年間はGDPが6.3倍(70一年のGDPは83兆円、97年は521兆円)に増えているのに、97年以降から現在までの26年間のGDPは、ほぼ0倍です。
まとめ、
97年より前の26年間
マネーストック 10倍
GDP 6.3倍
97年より後の26年間
マネーストック 2倍
GDP 0倍
これで原因が、わかってきたのではないでしょうか?
生産力(供給力)の向上に対して、お金の量(需要力)が全然足りていないのです。お金がないから、せっかく生産されたモノ、サービスを買うことができないのです。
そもそも、世の中のお金の量が増えなければ、賃金も上がりようがありません。賃金が上がらないから、買う量も増えないのです。
2倍に増えていても、その増えた分は、大企業の内部留保か、大金持ちの懐に収まっているのです。
結論、生産能力は大いに向上しているのに、お金の量または賃金が増えないから、GDPも増えないのです。
したがって、解決策はお金の量(マネーストック)を増やすことです。
しかし、ここに大問題があるのです。お金は簡単に増やすことができないのです。多くの人々は、日本銀行がお金を発行していると考えているでしょうが、日本銀行は、日本全体のお金の量を増やす力は、ほんの少ししかないのです。
日銀は、民間銀行から手形や債券などの金融資産を買い取ることによって、民間銀行に日本銀行券を送り込みますが、これ以上は何もできません。後は、銀行がそのお金を、どれだけ企業や個人に貸し出すかによってしか、お金は世の中に出ていきません。貸し出さなければ、お金は銀行に溜まったままです。
ところが、景気が良くなければ、企業は銀行からお金を借りて、事業を拡大したり、設備投資をしたりはしません。したがって、日銀がいくら民間銀行にお金を送り込んでも、世の中のお金は簡単には増えないのです。
ただし、日銀は量的緩和(民間銀行に大量にお金を送り込むこと)によって、金利を下げることができます。金利が下がれば企業や個人は、当然お金を借りやすくはなります。しかし、日本は頑固なデフレ不況が、長年続いているので、たとえ金利が低くても、お金を借りて事業を起こしたり、設備投資をすることが少ないのです。
そのため、マネーストックは97年以降、増加率が低いのです。
マネーストック、すなわち世の中のお金の量が増えなければ、それに比例して賃金も増えようがありません。そうなれば、消費も上向きません。したがって、GDP (国内総生産)も増えないのです。
このように、誰かが銀行からお金を借りなければ、世の中のお金は増えない、と言う仕組み(金融制度)になっているのですが、この制度は140年前の明治15年に作られたものです(日本銀行の創設によりできた仕組み)。よくこんな古い制度がいまだに残って、日本経済の足かせになっているものだと思いませんか?
科学、技術はとどまることなく進歩するので、生産能力はどんどん向上する一方です。それに対して、お金の量は、その生産能力の向上とは全く無関係に、ただ銀行からお金を借りれば増えるし、借りなければ増えないと言う仕組みになっているのです。
生産能力の向上に、お金の量が比例して増えると言う仕組みには、全然なっていないのです。これではどうしようもありません。
しかし、唯一、ここに解決策があります。それは他でもない、政府が銀行からお金を借りると言う方法です。民間がお金を借りないのであれば、政府が借りるしかありません。
政府が借りて、生産能力に見合ったお金の量(マネーストック)にすれば良いのです。生産能力に比例していれば、悪性のインフレにはならない上に、日本経済は望み通り好景気になります。何の問題もありません。
政府はどのようにして銀行からお金を借りるのか?
政府が国債を発行すると、その大半を銀行が買います。すなわち銀行からお金を借りたことになるのです。その国債発行によって得たお金を、税収分と合わせて歳出します。そうすると日本中にお金が行き渡るのです。
政府は税収分だけを歳出していたのでは、世の中のお金は増えません。国民から受け取ったお金を、また国民に戻しているだけなので、お金の増えようがありません。
したがって、政府が国債を発行して、財政出動する事は、お金の発行と同じことなのです。だから国債は借金ではありません。
岸田首相は、企業に向かって「賃金を上げよ」と連呼しているが、世の中のお金が少ないので企業は賃金を上げたくても、あげるお金がないのです。
賃金を上げるためには、首相自身がもっと国債を発行して、世の中のお金を増やす必要があるのです。賃金を上げるのは、民間の役目ではなく、首相の役目なのです。
