子供の入学式があり、青森からわたしの両親来道。
始めに来るって連絡貰っとき、嫌だったしお断りした。子供のイベントの時って自分の準備だけじゃなく、小さい二人の子供の準備、持参する物品の準備、夫が時間に間に合うように声かけたり子供の手伝いしてくれるように采配したり。
私には大きな負担。
そこに母が来て泊まるってなったらゲストへの配慮とかいつもの雰囲気が崩れて落ち着かなくなって大変な準備がもっと大変になる!って思った。
お断りのメール、一旦はしたけど、両親揃ってホテルに泊まってくれることになった。それだとおもてなしもペース乱される事ないから大丈夫だと思った。でもなんか両親くる事を喜べない自分。
よーく心を観察すると、
・親に自分の気持ち・行動・現状を否定されたくない
・親に心配されたくない
があった。
準備が大変になる、はダミーの問題だったのかもしれない。
それは自分の生き方や考え方が親の価値観と違って、親の発言で自分を否定されたように感じた事があったから。そして自分の気持ちではなく親に従ってしまった自分がいたから。もうそんな風になりたくないから。
親に心配されると自分は大丈夫じゃないのではないかという不安が湧いてくるから。自分は大丈夫じゃない、何か足りない存在なんじゃないかと疑ってしまうから。
親を通して自分の不安を観て、親=十分じゃない自分の象徴になってしまっていたのかもしれない。
親が来て2日経過。
今のところわたしは否定されてないし、大丈夫か?との問いにも不安を持たず大丈夫だと言えた。
向き合ったら以外にも心は落ち着いていた。
誰かに否定されても良い。
自分の好きに生きてもいい。
失敗してもいい。
失敗したらテヘペロで謝ってもいい。
色んな事試してみてもいい。
態度大きくてもいい。
図々しくでもいい。
でしゃばりと思われてもいい。
役に立たなくてもいい。
自分を出して生きてもいい。
誰だ?って思われてもいい。
それでも楽しく生きていい。
わたしには価値がある。
わたしはわたしの人生を味わっていい。