男の子らしい格好をし始めたのは、社会人になってからでした。今はサイドと後ろを刈り上げしてもらい、髪の毛の長さは耳に少しかかるくらい。


幼少期はごく普通の女の子でした。小学校くらいからスカートやワンピースではなくズボンを好んで履いていましたが、小中高とこれまでの自分の制服はスカートだったし、それに嫌悪感を抱くわけでもありませんでした。髪の毛も長い時がありました。オタクでイラストを書くのが好きという女の子らしい趣味もありました。好きになるのは男子でした。性別に違和感があるわけでもなし、女子トイレや女風呂に抵抗があるわけでもありませんでした。


本格的にそういった格好をしだしたのは社会人2、3年目になってからです。実家暮らしで母にはちょくちょく「後ろ刈り上げしてみたい」と言っていましたが、反対されていました。「刈り上げしたら戻れなくなるよ」と。まぁ、実際に今刈り上げしてて「うわ、確かにこれ戻れないやw」となってるんですけどね。


女の子でいることに全く違和感はありませんでした。ただ、女の子でいることに不便さを感じることは多くありました。


「一人旅をしたい」

『女の子だから駄目』

「一人暮らししたい」

『女の子だから駄目』

「高校でもテニスしたい」

『運動部は終わるのが18時やんね?夏は良いけど冬は真っ暗になるから駄目(自転車通学でした)』

「大学の運営委員会に入りたい」

『大学祭とかのイベント時は終わるのが9時?駄目』

『バイトの夜勤や遅く終わるのは駄目』

『最寄り駅着くのが夜9時?その時間に帰ってくるなら自転車は駄目。車で送り迎えするから』


とまぁ、こんなやり取りが母と中高(大)まで続いたので、こう、せまっくるしさは常に感じでいました。

そんな中、弟は時間を気にせずバイトをしたり、大学も遅く帰って来たりして「弟はあんなやり取りしなくていいのか」と羨ましく思っていましたね。


もちろん、親からしてみると女の子が危険なことをするのはとても嫌がるのは分かります。特にうちは父が単身赴任しているので、母にしてみると、父不在のときに子どもに何かあったら父が悲しむから、自分が子どもを守らねばという気持ちが強いのだと思います。それに娘は私1人だけですからね。


それでも、そういった場面に直面すると「私が女の子じゃなかったら!」とか「私が男だったら制限されないのに!」という気持ちは強くありました。幼い頃からお転婆で好奇心旺盛で、それがそっくりそのまま大人になったような人間なので、制限される人生はかなりストレスでした。

もしかしたら、今のこの格好はその反動なのかも?


でも薄々、これは反動だけじゃないだろうなぁと思ってます。普通、女の子ってそんなことくらいで反動で男の子の格好したりしないですよね(多分)。私の場合、普段はしませんが友達と遊びに行く時とかバッチリキメて行きたいときは胸つぶし(ナベシャツ)を着けます。女性特有のおしりや太ももの膨らみを抑えてくれるガードルも履きます。もう本当に男装に近い状態です。


胸なんて要らないし、身長も180cmは欲しかった。

生まれつき声がもっと低ければよかった。

道行く人々の目には男の子のように映ってほしい(女だとバレたくないが、恐らく声でバレてる)。

「女の子なんだから」と言わないでほしい。

→これに関しては普通にむっとするからですね。


根底にはそんな気持ちを抱えています。


性同一性障害でもないけどボーイッシュ女子というより男に見えたい。トランスジェンダー(LGBTQのT。性自認が生まれ持った性別と異なる人)というほど性別に違和感があるわけでもない。

じゃあクエスチョニング(LGBTQのQ。自らの性別やそのあり方について特定の枠に属さない人、わからない人)なのかな?でも自分は性別は女だと思っているから、女子トイレにも行くし女風呂に入る。

(だからといってその他で女でしょと言われるのは違う)


つまり「私とはいったいなんぞや?」とぐるぐる考えたりしました。


そんなときに出会ったのが、からたちはじめさんの『ぼくは性別モラトリアム(幻冬舎)』というエッセイ本。


ご自身の生い立ちを元に、自身の性別への認識・感情について掘り下げて紐解いていく内容(ざっくりしすぎててすみません…)なのですが、これがもう私にはピッタリの本で。私自身と重なるところが多くあり「そう!そうそうそう!」と久々に目を輝かせたものです。


性転換をするほどでもないしそんな度胸もないけれど、女性だと言われることに若干の違和感がある。女の子なんだからって言わないでほしい。胸があるのは嫌だし、生理も嫌だし、出かける時は男に見られたいしかっこよく見られたい。結局じゃあどっちやねんと聞かれると……うーん、よく分からん。


じゃあなんでこんな話を書き始めたのかというと、最近、同期や後輩から明確に「私は結婚したい、子どもがほしい」という話を聞いたからです。

彼氏彼女という話は聞き慣れていますが、そういったライブイベントについてしっかり考えていることにびっくりして、思わず今の自分を見返したのが始まりです。

まぁ、そろそろ三十路の声を聞くとなると、みんな本格的に考えだしますよね。


自分はこれからどうなるんだろう?

メンズファッションはいつまで続けられるんだろう?

彼氏なんて一度も出来たことない自分は、将来誰かと結婚するんだろうか? 私もそろそろ結婚を前提にしたお付き合いを……っていうか、そもそも彼氏がほしいという気持ちすら湧いてなくないか?

いつまでも自分の性別に違和感を抱き続けるなんてできなくない? いつかは自分の性別に落とし所をつけないといけなくない?


……ここらへんで大の字になるわけです。


他の女の子みたいに、普通の女の子らしい感情を持って生まれてきたら良かったのにね、と道行く女性を見て思ったり。それか、いっそのことマツコさんやはるな愛さんみたいな完全なトランスジェンダーだったりとか。


生物学上はオスとメスしか存在しません。

でもそこに自分の気持ち(心)が乗っかると厄介な生き物になります。


いつか自分自身が納得できる生き方ができたら良いなと思いながら、今日もメンズ服に袖を通すのです。