"他人のメンマで白米を食いし男"鈴木寛雄は、私の購入したラーメンからメンマを奪い、それを自分の白米に載せ食べる男だった。
あろうことか寛雄は、一度奪ったメンマを再度私のラーメンに戻し、「もっとスープに浸してくれ」とまで言った。
その一連の動作は私の寛雄に対する逆風ぶりでいけば最大風速であったが、そこを除けば彼は私にとっては限りなく凪に近い、心地良い風圧であった。
もとい友人であった。
寛雄の家は何度か訪れたが、彼の家で友人達と彼がFF12をプレイするのを観る時間がとても大好きだった。
当時FF12の裏ボスとされたヤズマットは本当にあまりにも馬鹿げたHPで、戦闘開始から勝利するまでに順調にいったとしても1週間かかると言われていた。
それは事実であったが、同時にそのヤズマットを8時間で寛雄が攻略したのもまた事実だった。
寛雄はFF12の英雄であって、バルフレアだった。
そんな寛雄との関係において、私には人生における深い後悔の念をひとつを抱えている。
寛雄の親はシングルマザーで、同時に寛雄が高校生の段階で癌だった。
ステージがなんだったかは明確ではない、だが上のほうで抗がん剤治療をもう行っていない、ということが寛雄本人の口から説明された。
幾度か彼の家を訪れたとき、母親とも会ったが、知識がなくとも治療中であることがわかる出立をしている。
残酷なことに、私たちは多感な思春期だった。
クラスの誰かがそれを面白いと思い、「お前の母ちゃんは癌だからもうすぐ死ぬんだろ?」と訊くと、寛雄は「うるせえな。死んだら一人暮らしだから遊びこいよ」と自虐で返した。
良くも悪くも寛雄の自虐のセンスは秀逸で、多岐に渡る返しにユーモアもかなりあり、「お前の母親癌で死ぬだろ」「うるせえな」のくだりが悪ノリとして定着してしまった。
一部のくだらないバカが言うだけでなく、いつのまにか同じ学年の誰もがそのイジリを覚えてしまっていた。
加えて寛雄がそれを全部面白く返すものだから、加速の一途を辿る。
私も例に漏れず、だ。
そんなある日、堀切菖蒲園駅前で寛雄と他友人の3人で遊んでいたとき、私はどうしてそういうノリになったかは覚えていなかったが、それぞれの高校卒業後の進路についての話になった。
私は流れで寛雄に「でもお前は母親死んじゃうんだから、余計頑張らないとだな」とかなり嫌な感じでのイジリをしてしまった。
おそらくあの時私は、いつものように寛雄が「うるせえよ」と返すものだと勝手に確信していた。
だが寛雄は、言葉を発することなく黙り込み、俯いた。
そんなことはいままでなかったので、私ももう1人の友人も沈黙し変な空気が流れたのを覚えている。
そして寛雄は涙を流した。
私は慌てて「ごめん。本当ごめん!!」と謝った。
泣き声をあげることはなく、ただただ寛雄は涙が止まらなくなってしまった。
もう1人の友人が寛雄の肩を抱き、「大丈夫だから!」と強く慰めた。
私は何もできず、ひたすら謝ることしかできなかった。
1分ほど経過すると、寛雄が「大丈夫」と呟き、私に「ごめん」と言った。
「いや、ごめん」と言い返すのが私には精一杯だった。
それからこのクソみたいな悪ノリを私はやめた。
同級生の何人かはこれを続けて、学校で寛雄は変わらず「うるせえよ」を返したが、そこに私は加わらなかった。
あれから20年以上が経ったわけだが、先述の通り、彼にああいうノリで最悪な物言いを伝えてしまったことに、私は深く後悔の念を抱いている。
彼にそういうくだらないノリを仕掛けた奴らは、全員が癌になり、その子ども達が学校で同じように「お前の親はもうすぐ死ぬ」とイジられれば良い。
もちろん、私も含めてだ。
2026年現在、寛雄は元気なのだろうか。
社会人になって携帯電話がスマートフォンになり、ラインをインストールすると、登録されている電話帳の連絡先から寛雄のアカウントが自動追加された。
私は本名でなく、"有馬"という偽名をアカウント名にしており、その名前から突然ラインメッセージを送りつけることによって、寛雄に「誰だよ!」と突っ込ませるドッキリをやろうとした。
「うーい。寛雄元気か?有馬だ。ヤズマット狩ってるぅ?」
とパスタ巻いてるぅ味をあわせつつ。
しばらくすると
『ごめんなさい!寛雄の姉です!いまこの携帯は私が使っていまして。もし何かあれば私から寛雄に伝えておきます』
と返信がきた。
寛雄の姉も何度か目にした。
ゴリゴリのヤンキーで眉毛がなく、箒のように傷んだ茶髪をトップでまとめ、タバコを吸っていた。
私たちが家を訪れると『チッ』と大きく舌打ちをし、『てめて勝手に呼んでんじゃねえよ』と寛雄に凄んだりしていた。
寛雄の母親の病気と同じくらい、「お前の姉ちゃんヤンキーだろ」も定番のイジリだった。
その姉からの返信に、私の知っているヤンキー姉は無く、あまりにも常識的で好感の持てるメッセージであった。
不思議なものでこの変化は、自分ごとのように嬉しかった。
「大変失礼しました。それでは恐縮なのですが伝言をお願いして良いですか?」
『はい!どうぞ!』
「寛雄、元気?覚えているか?俺だよ。"大逆転の有馬"だ。備えておいてくれ。ついにきたんだよ。"大逆転の時"が!」
『笑。伝えておきますね』
当然返事はこなかった。
そりゃそうだ。大逆転の有馬なる人物は存在しないのだから。
だが私は信じている。
彼が姉からこのメッセージを伝えられ『誰だよ!』と突っ込むことを。
またぜひ、何かの機会に会いたいものだ。
あろうことか寛雄は、一度奪ったメンマを再度私のラーメンに戻し、「もっとスープに浸してくれ」とまで言った。
その一連の動作は私の寛雄に対する逆風ぶりでいけば最大風速であったが、そこを除けば彼は私にとっては限りなく凪に近い、心地良い風圧であった。
もとい友人であった。
寛雄の家は何度か訪れたが、彼の家で友人達と彼がFF12をプレイするのを観る時間がとても大好きだった。
当時FF12の裏ボスとされたヤズマットは本当にあまりにも馬鹿げたHPで、戦闘開始から勝利するまでに順調にいったとしても1週間かかると言われていた。
それは事実であったが、同時にそのヤズマットを8時間で寛雄が攻略したのもまた事実だった。
寛雄はFF12の英雄であって、バルフレアだった。
そんな寛雄との関係において、私には人生における深い後悔の念をひとつを抱えている。
寛雄の親はシングルマザーで、同時に寛雄が高校生の段階で癌だった。
ステージがなんだったかは明確ではない、だが上のほうで抗がん剤治療をもう行っていない、ということが寛雄本人の口から説明された。
幾度か彼の家を訪れたとき、母親とも会ったが、知識がなくとも治療中であることがわかる出立をしている。
残酷なことに、私たちは多感な思春期だった。
クラスの誰かがそれを面白いと思い、「お前の母ちゃんは癌だからもうすぐ死ぬんだろ?」と訊くと、寛雄は「うるせえな。死んだら一人暮らしだから遊びこいよ」と自虐で返した。
良くも悪くも寛雄の自虐のセンスは秀逸で、多岐に渡る返しにユーモアもかなりあり、「お前の母親癌で死ぬだろ」「うるせえな」のくだりが悪ノリとして定着してしまった。
一部のくだらないバカが言うだけでなく、いつのまにか同じ学年の誰もがそのイジリを覚えてしまっていた。
加えて寛雄がそれを全部面白く返すものだから、加速の一途を辿る。
私も例に漏れず、だ。
そんなある日、堀切菖蒲園駅前で寛雄と他友人の3人で遊んでいたとき、私はどうしてそういうノリになったかは覚えていなかったが、それぞれの高校卒業後の進路についての話になった。
私は流れで寛雄に「でもお前は母親死んじゃうんだから、余計頑張らないとだな」とかなり嫌な感じでのイジリをしてしまった。
おそらくあの時私は、いつものように寛雄が「うるせえよ」と返すものだと勝手に確信していた。
だが寛雄は、言葉を発することなく黙り込み、俯いた。
そんなことはいままでなかったので、私ももう1人の友人も沈黙し変な空気が流れたのを覚えている。
そして寛雄は涙を流した。
私は慌てて「ごめん。本当ごめん!!」と謝った。
泣き声をあげることはなく、ただただ寛雄は涙が止まらなくなってしまった。
もう1人の友人が寛雄の肩を抱き、「大丈夫だから!」と強く慰めた。
私は何もできず、ひたすら謝ることしかできなかった。
1分ほど経過すると、寛雄が「大丈夫」と呟き、私に「ごめん」と言った。
「いや、ごめん」と言い返すのが私には精一杯だった。
それからこのクソみたいな悪ノリを私はやめた。
同級生の何人かはこれを続けて、学校で寛雄は変わらず「うるせえよ」を返したが、そこに私は加わらなかった。
あれから20年以上が経ったわけだが、先述の通り、彼にああいうノリで最悪な物言いを伝えてしまったことに、私は深く後悔の念を抱いている。
彼にそういうくだらないノリを仕掛けた奴らは、全員が癌になり、その子ども達が学校で同じように「お前の親はもうすぐ死ぬ」とイジられれば良い。
もちろん、私も含めてだ。
2026年現在、寛雄は元気なのだろうか。
社会人になって携帯電話がスマートフォンになり、ラインをインストールすると、登録されている電話帳の連絡先から寛雄のアカウントが自動追加された。
私は本名でなく、"有馬"という偽名をアカウント名にしており、その名前から突然ラインメッセージを送りつけることによって、寛雄に「誰だよ!」と突っ込ませるドッキリをやろうとした。
「うーい。寛雄元気か?有馬だ。ヤズマット狩ってるぅ?」
とパスタ巻いてるぅ味をあわせつつ。
しばらくすると
『ごめんなさい!寛雄の姉です!いまこの携帯は私が使っていまして。もし何かあれば私から寛雄に伝えておきます』
と返信がきた。
寛雄の姉も何度か目にした。
ゴリゴリのヤンキーで眉毛がなく、箒のように傷んだ茶髪をトップでまとめ、タバコを吸っていた。
私たちが家を訪れると『チッ』と大きく舌打ちをし、『てめて勝手に呼んでんじゃねえよ』と寛雄に凄んだりしていた。
寛雄の母親の病気と同じくらい、「お前の姉ちゃんヤンキーだろ」も定番のイジリだった。
その姉からの返信に、私の知っているヤンキー姉は無く、あまりにも常識的で好感の持てるメッセージであった。
不思議なものでこの変化は、自分ごとのように嬉しかった。
「大変失礼しました。それでは恐縮なのですが伝言をお願いして良いですか?」
『はい!どうぞ!』
「寛雄、元気?覚えているか?俺だよ。"大逆転の有馬"だ。備えておいてくれ。ついにきたんだよ。"大逆転の時"が!」
『笑。伝えておきますね』
当然返事はこなかった。
そりゃそうだ。大逆転の有馬なる人物は存在しないのだから。
だが私は信じている。
彼が姉からこのメッセージを伝えられ『誰だよ!』と突っ込むことを。
またぜひ、何かの機会に会いたいものだ。