ついさっきまで10人くらいとチャットやLINE、メールのやりとりをしていたのに、それが突然誰からも返信がこなくなる。
その沈黙状態が2時間ほど続いてしまうと、こう思う。
あれ?俺、死んだんかな?
と。
いまの携帯電話は過去に比べて当然ながら格段に使いやすく、また娯楽としても人生を共にするガジェットに進化することができたように思える。
だが惜しむらくは、過去の先人達の良き思い出が悉く消失してしまったことだ。
それは「メール機能」であり、「センター問合せ」だ。
今の世代はセンター問合せを知らない。
漫画家小田原ドラゴン先生の名作チェリーナイツにて、主人公の1人である田村が、ファッションヘルス嬢からメールの返信が全くないことに関して同じく主人公の江藤先輩に相談する場面がある。
江藤先輩は武勇伝をたくさん語る所謂愛され嘘つきであり、何も知らない田村に適当な知識を披露する機会が多いのだが、この件について江藤先輩は「田村のメールはメール墓場に行ってしまい嬢に届いていない」と言うのだ。
メール墓場とは江藤先輩曰く、何を間違ったか相手に送ったはずのメールが転送されてしまう宇宙の片隅にある更地であるという。
劇中ではそこに辿り着いたメールはもう戻ってくることはできない、とされていたが、思うにメール墓場からメールを回収することができる唯一の手段がセンター問合せだった。
私たちは何度も何度もセンター問合せを行った。
何度も何度もメールを送っては返信がないことを確認し、センター問合せボタンを押す。
電源を切ってまた起動するやいなやセンター問合せ。
そのほとんどが「メールはありません」なのだが、たまに「受信メールが一件あります」のような表記が出る。
喜び勇んでそのメールを開くと、大抵がAmazonか魔法のiランドのメールマガジンで、その都度ブチギレそうになる。
この世にメール墓場なんてものはないのは当然だが、あのセンター問合せだけはどこかフィクションの世界に引き摺り込まれるような、マジックリアリズム染みていていまにして思えばとても好きだった。
あの頃メール墓場に消えたメール達は、元気だろうか。
あるいは本来の送り先たる人たちは、元気だろうか。
岡野昭仁はこう歌う。
「Love Eメール・フロム・ヴィーナスなんて素敵ね」
また携帯電話を再起動したときに真ん中のボタンを押し、こう叫びたい。
「Amazonかよ!!!!!」
その沈黙状態が2時間ほど続いてしまうと、こう思う。
あれ?俺、死んだんかな?
と。
いまの携帯電話は過去に比べて当然ながら格段に使いやすく、また娯楽としても人生を共にするガジェットに進化することができたように思える。
だが惜しむらくは、過去の先人達の良き思い出が悉く消失してしまったことだ。
それは「メール機能」であり、「センター問合せ」だ。
今の世代はセンター問合せを知らない。
漫画家小田原ドラゴン先生の名作チェリーナイツにて、主人公の1人である田村が、ファッションヘルス嬢からメールの返信が全くないことに関して同じく主人公の江藤先輩に相談する場面がある。
江藤先輩は武勇伝をたくさん語る所謂愛され嘘つきであり、何も知らない田村に適当な知識を披露する機会が多いのだが、この件について江藤先輩は「田村のメールはメール墓場に行ってしまい嬢に届いていない」と言うのだ。
メール墓場とは江藤先輩曰く、何を間違ったか相手に送ったはずのメールが転送されてしまう宇宙の片隅にある更地であるという。
劇中ではそこに辿り着いたメールはもう戻ってくることはできない、とされていたが、思うにメール墓場からメールを回収することができる唯一の手段がセンター問合せだった。
私たちは何度も何度もセンター問合せを行った。
何度も何度もメールを送っては返信がないことを確認し、センター問合せボタンを押す。
電源を切ってまた起動するやいなやセンター問合せ。
そのほとんどが「メールはありません」なのだが、たまに「受信メールが一件あります」のような表記が出る。
喜び勇んでそのメールを開くと、大抵がAmazonか魔法のiランドのメールマガジンで、その都度ブチギレそうになる。
この世にメール墓場なんてものはないのは当然だが、あのセンター問合せだけはどこかフィクションの世界に引き摺り込まれるような、マジックリアリズム染みていていまにして思えばとても好きだった。
あの頃メール墓場に消えたメール達は、元気だろうか。
あるいは本来の送り先たる人たちは、元気だろうか。
岡野昭仁はこう歌う。
「Love Eメール・フロム・ヴィーナスなんて素敵ね」
また携帯電話を再起動したときに真ん中のボタンを押し、こう叫びたい。
「Amazonかよ!!!!!」