第75回NHK紅白歌合戦を、私は見栄を張って大きなサイズで購入したSONY製のテレビで観た。

そこで画面越しで初めて、シンガーソングライターのtukiさんを目にした。

彼女がまだ中学生で、にも関わらずオリジナルソングの晩餐歌がメガヒットしていることはわかっていた。

しかしながらちゃんと晩餐歌を聴いたことはそれまで一度もなかったし、なんならばtukiさんを等身大の姿で目にすることは、不思議なものでこれが最初で最後のように思えた。


"めちゃくちゃ緊張してやばいです"


そう言って曲に入った彼女の指先は不安定に揺れ、声は才能と弱さが同居するかのように震え、紡ぎ出された音色は紛れもなく緊張を表していた。



君を泣かすから だから一緒にはいれないな
君を泣かすから 早く忘れて欲しいんだ

人間だからね たまには違うものも食べたいんだ

君を泣かすから そう、君を泣かすから



半透明のベール、半月のセット、アコースティックギター1本、制服、顔を映さないカメラワーク。


自分は15歳のときに何をしていただろうか。


中学野球部ではすっかり周りについていけなくなり、練習をサボっては遊戯王カードで遊ぶ。

嫉妬と堕落、私は何者でもない子供そのものだった。


だが今私が目にしている15歳は、日本中の誰もが知る年末で最も有名な舞台に、ギター1本だけを持ち、たった1人で立っている。


いままさに歌いあげている曲の中の歌詞で、過ごす夜が、何十回、何百回、何千回と刻まれていく。


この度に彼女の歌声は強さを増していき、心に刺さってくる。


"ありがとうございました"と小さく頭を下げるその姿は、私が彼女の虜になる決定打としては申し分ないものとなった。








『SMが好きすぎてSMが嫌いになった』
と女性は言った。
「それはたとえば僕が紀里谷和明作品が好きすぎて紀里谷和明が嫌いになる、みたいなことですか?」
『紀里谷和明が誰だかわからない』
「キャシャーンとかGOEMONとかの映画作った人ですよ」
『知らないし、そんなのと一緒にしないでほしい』
「キャシャーンもGOEMONも後世に残すべき名作ですよ・・・」

ついに私もマッチングアプリデビューをした。
ただいわゆる通常の出会いを目的とするアプリに関しては以前日記にも書いたのだがどうしても煩わしい。
ワクワクしないのだ。
2ちゃんねるの掲示板、mixi、Twitter、sexi・・・
それらのサイトのオフ会での一期一会の何かを期待させるような出会い。
そこを求めている私にはそもそもが恋愛を目的とするメジャー系マッチングアプリは興味をそそられなかった。

なので私は性癖マッチング系アプリをやってみることにした。
この場合相手を無作為にいいねしていく所謂絨毯爆撃の必要性がなく、しっかりと自分の感覚を頼りに相手を選別できる。
そうして選んだ相手がこのSM好きすぎてSM嫌いになった女性だった。
仮にこの女性を“犬”としよう。
犬の記載する性癖はまさしく私であった。
犬も私の記載する性癖が犬であるのを察したかのように惹かれあい、私たちはマッチングした。
しかも犬のステータス表には「会った際の性行為は必須」となっている。
これはもう確定だ。

それなのにだ。

犬は私に『セフレが7人いて、彼氏もいる』と告げた。
私が引いていると犬は『そういう話がしたかったんじゃないの?私は合わせてあげてるんだよ?』と不愉快そうな顔をしてくる。

「ああ、すみません。ちなみにタメ語になっても大丈夫ですか?」

『タメ語?だめでしょ』


はあ…まったく…

『ここまでお話してみてですけど、私はあなたに魅力を感じません』

なんてことだろうか。
会う際は性行為必須としている女性からNGの洗礼。


Youtuberでちょっと前にびっちちゃんというユニットが存在しており、主役の彼女達は経験人数900人にも及んでいたが、
選ぶ男性は若くて高身長でイケメンで筋肉質と限定されていた。

ビッチやヤリマンの地位向上を謳ってはいたが、そんなわけのわからん連中を上げようとする割に彼女らは弱者男性の地位をどんどん下げていくように見えてとても不愉快だった。
だからヤリマンってバカにされんだよ。とすら思っていた。


この犬も、SMは語るものの容赦なく私に嫌なことを言ってくる。

出会ってすぐに居酒屋のメニューの漢字が読めなかったことを『学がないんですね』と言ったり、仕事の話をきかれてこたえると、『なんだか甲斐性がなさそう』という。

SMに関しては事前に知識はありませんよと伝えていたにも関わらず、礼儀やマナーを延々と語りあわよくばマウントをとってくるため私はウンザリしていた。


お前ごときのSM人生より、紀里谷和明作品のほうが何億倍も有意義だ。

なぜ自分の人生のほうが、ハリウッドにも進出したクリエイターの作品を“そんなもの”とこき下ろせるほど勝っていると思えるのだろうか。



重い空気の中、店内のBGMで晩餐歌が流れた。

「この歌は知ってますか。当時若干15歳の女子中学生が書き上げて紅白にまで出場することになった。名曲なんです」

『へー。私は音楽を聴かないけど、15歳に何がわかるんだとは思いますね』


だからすごいんですよ。

わずか4分の曲の中でしっかりとしたストーリーがテンポよく展開されていく。

若い男性特有の我儘で甘えん坊な一面をその男性サイドから描き、短い時間で成長し色々な考え方をもっていく。

この複雑そうで単純すぎる主人公の葛藤を“愛の存在証明”として“彼女”に委ねていく。


“君が教えてくれないか”


それを教えてもらえる見返りが、愛しているを並べることなのだ。

だから、それが何十回になり、何百回になり、何千回になり、何万回になっていく。

数の積立自体が2人の長い愛を証明してく。


こういう曲の良さすらわかんないのに、よく自分や他人がSだのMだの決めれますね?
もうちょっと勉強したほうがいいですよ



なんてことは当然犬に対して言えるわけもなく、私は「良い曲なんですよ」と言うに留まった。


「お会計は1万1千円なんで僕6千円出しますんで5千円ください」

『あー、まあいいですけど割り勘な感じなんですね』


分かってないなー。

男性が女性に奢るか奢らないかなんて論争はそもそも存在しないんですよ。

基本的には全額払いますよ。でもお前には払いたくないんですよ。

損切りされてるんですよあなたが。


「僕やっぱりアプリ向いてないですね」

そう笑いかけると犬は目も合わさずに

『まあ向き不向きはあるんじゃないっすかー』と冷たく言った。


一応せっかくなので
「このあとどうしますか?ワシントンホテル予約してますけど行きますか?」と尋ねてみた。

『いや帰りますけど』

と彼女は言って、携帯を弄りながら日比谷線上野駅に向かって消えていってしまった。