たとえどんなに楽しく面白い映画やドラマであっても、そこに2006年〜2010年が登場すると一気に落ち込んでしまう。
その時代はまさしく私の全盛期であり、何もしなくても何も考えなくても家のベッドの上で毛布にくるまっていれば、何もかもが成立した。
なんだかんだで趣味にも友人関係にも女性関係にも恵まれていたし、食う寝るには何も困らない。
それはひとえに親の金で大学に行かせてもらっているからであるわけだが、たとえいま、過去に戻って誰かに「親に大学に行かせてもらってるんだからちゃんと講義出なよ」と言われたとしても、きっと私は同じ生活を繰り返すだろう。
ありとあらゆる劇中で登場する、ガラパゴス携帯SH901こそが私が生きた証そのものであり、私のタイムカプセルだ。
だがどれほどのことをしても、もうその時代には戻れない。
仮に自分でタイムマシンを作れるのであればそうしただろうが、その為にはとんでもないほどの勉強をせねばならず、そうなると遊んで暮らした2006年からの4年間は恐らく存在しなくなってしまう。
パラドックス。
あの頃こそが負の象徴であり、同時に"生"の象徴でもあるのだ。
その時代はまさしく私の全盛期であり、何もしなくても何も考えなくても家のベッドの上で毛布にくるまっていれば、何もかもが成立した。
なんだかんだで趣味にも友人関係にも女性関係にも恵まれていたし、食う寝るには何も困らない。
それはひとえに親の金で大学に行かせてもらっているからであるわけだが、たとえいま、過去に戻って誰かに「親に大学に行かせてもらってるんだからちゃんと講義出なよ」と言われたとしても、きっと私は同じ生活を繰り返すだろう。
ありとあらゆる劇中で登場する、ガラパゴス携帯SH901こそが私が生きた証そのものであり、私のタイムカプセルだ。
だがどれほどのことをしても、もうその時代には戻れない。
仮に自分でタイムマシンを作れるのであればそうしただろうが、その為にはとんでもないほどの勉強をせねばならず、そうなると遊んで暮らした2006年からの4年間は恐らく存在しなくなってしまう。
パラドックス。
あの頃こそが負の象徴であり、同時に"生"の象徴でもあるのだ。