私が開設したインスタグラムの駅弁アップアカウントにDMがきた。
「お久しぶりです!」とのメッセージとともに、そのアカウントを覗いてみると、天城だった。
天城は以前勤めていた会社の時の部下で、且つ私が指導係を担当していた。
「久しぶり、家族できたんだ。幸せそうじゃん」
「はい!おかげさまで。息子のためならなんだってできます」
天城はとても手のかかる部下だった。
学生気分が抜けず、入社段階で大学の卒業ができていなかったり、遅刻や欠勤を当たり前のようにするし、何より仕事は絶望的にできなかった。
女好きもひどく、入社1ヶ月で彼女を作っておきながら現場の女性をナンパし、ある時は取引先の駐車場で取引先の女性社員とカーセックスをし、長期駐車で不審に思った警備員にバレて謝罪に行ったりもした。
だがそれ以上に人懐っこく、かわいい後輩としての立ち回りは抜群だったので、私も一生懸命面倒を見たし、よく遊びにいったり飲みに連れていったりした。
あの頃の会社に私は本当に嫌気がさし、退職願を出したのにもかかわらず受理されず一年近く働かされた時、私は限界をこえ「明日から来ません」と1年前の退職願のコピーを再度出し、翌日から有休消化を始めたことがあった。
当時の上司からは有休消化中であるにもかかわらず山ほど電話がきて、それを無視しているとついには親が経営している飲食店にも電話をかけてきた。
それすらも無視していたとき、夜に突然天城が自宅を訪ねてきて、泣きながら「このままお別れなんて寂しいじゃないですか」と訴えてきたこともある。
正式に退職した後も天城とは合コンに行ったり、オンライン飲みをしたりしていたが、時間の経過と共に関係は薄れ、いつの間にか存在すらも忘れてしまっていた。
〇
仕事の移動中、天城が「これ観てくださいよ」と動画を私に送ってきたことがある。
中を観ていると、広いカラオケボックスの室内か何かで、どうやら合コンの二次会に思えた。
動画を撮っている天城の他に、何人かの男女が一人の女の子を囲むように携帯のカメラを向けている。
そのうちチャラチャラとした男性が扉を開けて入ってきて、中央の女の子に向かっていく。
そして「おい、ブス」と暴言を吐いた。
ケラケラと笑う周囲。
チャラチャラした男は続いて「おい朝青龍、早く帰れ」「相撲取りたいから残ってるのか?」「帰れよお相撲さん」と暴言を続けた。
彼が何か言うたびに周りは全員で大笑いをし、カメラを向け続ける。
真ん中で女性は何も言い返さずに、ひとり無言でデンモクの画面を見続けて、動画は終わる。
「何これ?」
「この間の合コンでめちゃくちゃブスがきたんですよ。なのでみんなで追い払いました!」
「ブスってだけで?」
「そうです」
「結構オシャレしてきてるよこの子。他の女も笑ってんのかよ」
「だってブスは悪ですから!」
まあそういう考え方もある。
ただこれはあまりに不愉快な動画であり、度を超していた。
言われている女の子の気持ちを考えると胸が苦しくなる。
彼らは彼女をブスだと嘲るが、私からすれば言っている彼も撮っている周りも全員醜悪だった。
けれども私は、天城に文句を言うことができなかった。
結局これにも返信せず、天城へこの件で注意も指導も行わなかった。いや、行えなかったというべきか。
以前、別の担当者から「天城くんを来週借りていいか?」と尋ねられた。
私はその人と別案件で一緒に戦った仲であり、その人のことを尊敬すらしていたので「もちろんです」と快く了承した。
1週間後、私の下に戻ってきた天城はとにかくその人お悪口で溢れていた。
具体的に何を言っていたかというと「あいつ絶対いじめられっ子みたいな顔の癖に命令してくるんすよ」とのことだった。
「そりゃあっちの仕事の手伝いなんだから命令されるだろ」
「いや、あんな雑魚みたいな顔のやつが俺に偉そうに言ってくるのがムカつくんす」
あの時も指導は行わなかった。
どこか諦めて呆れる以上に、その得体のしれない感覚をもったまま平然と社会の中にいるのが怖かったのだ。
合コン動画のときも同様だ。
私は怖くて何も言えなかった。
その醜悪さが、忘れられない。
「いまは息子のためならなんだってできます」
そう天城は言った。
その言葉は本物なのだろが、同じように息子が真ん中で悪意にさらされるとき、あいつはどんな立ち回りをするのだろうか。
私はあの動画が、どうしても忘れられない。
天城がアップする幸せそうな家族写真に、私は嫌悪感を抱いている。
そしてそれは私自身にも、だ。
私は私で、中央への悪意が向けられたとき
「そういうことはやめろ」
と声に出すことが、できるのだろうか。
「お久しぶりです!」とのメッセージとともに、そのアカウントを覗いてみると、天城だった。
天城は以前勤めていた会社の時の部下で、且つ私が指導係を担当していた。
「久しぶり、家族できたんだ。幸せそうじゃん」
「はい!おかげさまで。息子のためならなんだってできます」
天城はとても手のかかる部下だった。
学生気分が抜けず、入社段階で大学の卒業ができていなかったり、遅刻や欠勤を当たり前のようにするし、何より仕事は絶望的にできなかった。
女好きもひどく、入社1ヶ月で彼女を作っておきながら現場の女性をナンパし、ある時は取引先の駐車場で取引先の女性社員とカーセックスをし、長期駐車で不審に思った警備員にバレて謝罪に行ったりもした。
だがそれ以上に人懐っこく、かわいい後輩としての立ち回りは抜群だったので、私も一生懸命面倒を見たし、よく遊びにいったり飲みに連れていったりした。
あの頃の会社に私は本当に嫌気がさし、退職願を出したのにもかかわらず受理されず一年近く働かされた時、私は限界をこえ「明日から来ません」と1年前の退職願のコピーを再度出し、翌日から有休消化を始めたことがあった。
当時の上司からは有休消化中であるにもかかわらず山ほど電話がきて、それを無視しているとついには親が経営している飲食店にも電話をかけてきた。
それすらも無視していたとき、夜に突然天城が自宅を訪ねてきて、泣きながら「このままお別れなんて寂しいじゃないですか」と訴えてきたこともある。
正式に退職した後も天城とは合コンに行ったり、オンライン飲みをしたりしていたが、時間の経過と共に関係は薄れ、いつの間にか存在すらも忘れてしまっていた。
〇
仕事の移動中、天城が「これ観てくださいよ」と動画を私に送ってきたことがある。
中を観ていると、広いカラオケボックスの室内か何かで、どうやら合コンの二次会に思えた。
動画を撮っている天城の他に、何人かの男女が一人の女の子を囲むように携帯のカメラを向けている。
そのうちチャラチャラとした男性が扉を開けて入ってきて、中央の女の子に向かっていく。
そして「おい、ブス」と暴言を吐いた。
ケラケラと笑う周囲。
チャラチャラした男は続いて「おい朝青龍、早く帰れ」「相撲取りたいから残ってるのか?」「帰れよお相撲さん」と暴言を続けた。
彼が何か言うたびに周りは全員で大笑いをし、カメラを向け続ける。
真ん中で女性は何も言い返さずに、ひとり無言でデンモクの画面を見続けて、動画は終わる。
「何これ?」
「この間の合コンでめちゃくちゃブスがきたんですよ。なのでみんなで追い払いました!」
「ブスってだけで?」
「そうです」
「結構オシャレしてきてるよこの子。他の女も笑ってんのかよ」
「だってブスは悪ですから!」
まあそういう考え方もある。
ただこれはあまりに不愉快な動画であり、度を超していた。
言われている女の子の気持ちを考えると胸が苦しくなる。
彼らは彼女をブスだと嘲るが、私からすれば言っている彼も撮っている周りも全員醜悪だった。
けれども私は、天城に文句を言うことができなかった。
結局これにも返信せず、天城へこの件で注意も指導も行わなかった。いや、行えなかったというべきか。
以前、別の担当者から「天城くんを来週借りていいか?」と尋ねられた。
私はその人と別案件で一緒に戦った仲であり、その人のことを尊敬すらしていたので「もちろんです」と快く了承した。
1週間後、私の下に戻ってきた天城はとにかくその人お悪口で溢れていた。
具体的に何を言っていたかというと「あいつ絶対いじめられっ子みたいな顔の癖に命令してくるんすよ」とのことだった。
「そりゃあっちの仕事の手伝いなんだから命令されるだろ」
「いや、あんな雑魚みたいな顔のやつが俺に偉そうに言ってくるのがムカつくんす」
あの時も指導は行わなかった。
どこか諦めて呆れる以上に、その得体のしれない感覚をもったまま平然と社会の中にいるのが怖かったのだ。
合コン動画のときも同様だ。
私は怖くて何も言えなかった。
その醜悪さが、忘れられない。
「いまは息子のためならなんだってできます」
そう天城は言った。
その言葉は本物なのだろが、同じように息子が真ん中で悪意にさらされるとき、あいつはどんな立ち回りをするのだろうか。
私はあの動画が、どうしても忘れられない。
天城がアップする幸せそうな家族写真に、私は嫌悪感を抱いている。
そしてそれは私自身にも、だ。
私は私で、中央への悪意が向けられたとき
「そういうことはやめろ」
と声に出すことが、できるのだろうか。