「近くにダーツバーがありますので」

「すみません。僕はダーツをやったことがないんです」

「それは珍しい。学生時代も通らなかったんですか」

「お金もなかったものでして」


協力会社の担当者は私を接待し、一次会ではしっとりと美味しい日本酒をご馳走してくれた。


「二次会はガラッと雰囲気を変えましょう」


そう言って彼が提案してきたのがダーツバーだった。


彼は同年代でありながら高身長のイケメンでハイブランドな服を着ており、尚且つダーツを嗜む。

その事実は深夜のカップ麺で顔を浮腫ませ、洗濯機で洗浄可能なユニクロのスーツに身を包むリトルジャパニーズの私を一層惨めにさせる。



15年前、『買いたい物があるから付き合ってほしい』と花本は私を誘った。

小田急線で雑談をしながら町田駅に行き、案内されるがまま向かった場所はダーツの専門店だった。


『最近ダーツにハマっちゃってさ。マイダーツデビューしようと思って。やったことある?』

「いや、ないよ。ダーツ、キモいし」


ふーんと興味無さそうに言いながら、彼女はこれまた高価そうなダーツセットを手にとり、私に見せつけてきた。


『買ってくれてもいいんだよ?』

「無理に決まってるでしょ」

『じゃあ一緒に買おうよ。一緒にやろう』

「勘弁してくれ。ダーツなんて廻るルーレットの中からパジェロを的中させるくらいしか用途ないでしょ。バカげたバーで矢を放つ酒に酔ったバカげた連中の一体何割が、東京フレンドパークに出れるんだよ」

『バカだなあ。ダーツは就職活動にも役に立つよ』

「ほら。ダーツやってる奴はロクでもない」




思い返してみればあの日ダーツセットを買わなかった以降、何にも刺さることのない人生を私は歩んでいる。

仮にあの日が分岐点であるならば、あそこでダーツセットを買うルートを選んでいれば、私もハイブランドなスーツを着こなせていたのだろうか。


運命の矢を、私は手にすることすらないのだ。