仕事が忙しい。

なぜこんな激務の中を生きているのか、そもそもなぜ激務になっているのかもまったくわからないが、とにかく仕事が忙しい。

仕事中は当然ながらほぼ"無"と化してしまうため、日中のほとんどが虚無に吸い込まれていってしまう。


疲れからか、日付変更線を跨ぐ生活が消失した。


いままでは20時か21時に家に帰り、食事や家事を終え、そこから趣味を楽しみ翌2時に寝るのがルーティンだった。

だが現在は趣味を楽しむ前に23時には布団に入り、翌朝7時に起きる。

これが固定化されてしまっている。


では1時間でも早く帰るためにその分、家を出るのを1時間早めればよいのではないか?

そういう考えも抱かないわけではないが、10時出社のフレックスをやってしまってからはもう9時出社に戻るマインドは無いし、頑張って意識しても結局朝、7時から9時までダラダラ携帯を観たりテレビを観たりしてしまう。


このダラダラする朝の2時間こそが、現在の私の人生ということだ。


裏を返せばそういうことになる。



テレビでは椎名林檎の丸ノ内サディスティックが流れている。


初めて耳にしたのは高2のときの他校とのコンパで、この丸ノ内サディスティックを歌った女は私に『キモい』『無い』『笑っちゃう』と嫌な言葉を2時間浴びせ続けた。


友人達が丸ノ内サディスティックでオイッ!オイッ!と縦ノリしていたが、私にはこの曲もこの女も友人のノリも全て意味がわからなかった。


以来、丸ノ内サディスティックを歌う女に何度か会ってきたが、総じて嫌な奴だった。

そして何度も歌詞を耳にする度に、あー、この丸ノ内サディスティックって曲は女が自己陶酔するためにあるような曲なんだな、と勝手に断定した。


自己満で歌う曲にはピッタリだ。

それを他者に押し付けてきている時点でそいつらは終わっている。

だいたいあの曲で縦ノリするところなんかあるのかよ。




テレビで丸ノ内サディスティックが流れ終わったとき、私はふと、午前8時半現在の自分を俯瞰した。


何を朝から耽っているのか。

何がこの2時間こそが人生だ、だ。


私こそが自己陶酔的であり、自己満足的であり、不毛だった。


将来僧にでも成れば、モテたりするのだろうか。