昔、るるぶかダヴィンチで、某観光地の生しらす丼提供店の記事を読み、当時のガールフレンドとそれを食べにいったことがある。


私自身はたとえ美味しそうなものがあったとしても、わざわざ遠征してまで食事にいく気概を持ってはいなかった。

この生しらす丼においても、写真で見ると確かに美味しそうではあったが、まあ食べたところで生しらす丼かー以外の感想がないのは明白だった。


東京から1時間程度車を走らせて、ようやくついた現地は、所謂隠れ家的な趣きで、抵抗感を抱きながら扉を開けると、雑誌で“名物店主”と称されていた老人が不愛想にこちらに視線をむけた。


店内を見渡すと常連と思わしき高齢者男女が数名と、私より年下であろう「俺はサブカルを地で生きてきましたわ」みたいな馬鹿げた格好の男性とその連れの女性がいるのがわかった。

どうやら昭和歌謡について熱い議論を交わしているようだった。


老人店主がこちらに来て、注文は?と問うので
「生しらす丼2つと瓶ビールひとつとオレンジジュースを」と伝えた。

「グラスは2つ?」と訊くので「いや一つで」と返すと

「え?飲まないの?」と言われた。

「車で来てるので」と言うと「えー・・・うーんはいはい」と明らかに納得していない顔でカウンターへ下がっていった。

その光景を店内全員が黙ってみていたのを覚えている。


不気味極まりなかったが、気にせずに生しらす丼を待った。


『あなたほんと素晴らしいー』

「若いのにわかってるねえ」

どうやらサブカルクソ男が常連たちに認められたようで、私達以外の客が大盛り上がりとなっていた。

「ありがとうございます。俺、もっともっと昭和歌謡の良さを広めたいんです」


サブカルクソ男が熱く所信表明をする中、私は彼女に

「だからクラウドもセフィロスコピーなんだよ。めっちゃリユニオンされそうになってたんだよ」

とFF7本編でのクラウドの行動の解説をしていた。


「(ああ・・・ゲームの話だよ。ゲーム)」

小声でサブクソが連れの女性に私が何を熱く語ってるのかを伝えている声が漏れ聞こえてくる。


そうこうしているうちに名物老人が不愛想に生しらす丼を持ってきた。

一口食してみると、たしかに美味しいは美味しいのだが、予想通りの味であった。


彼女とお互い無言で10分もかからずにそれを食べきると、やることもないので即座に店を出ることにした。


「ここは現金のみだよ」

別にカードを使うなんて一言もいってないのに、店主が牽制を仕掛ける。

「ご馳走様でした」

そう伝えて4,000円を支払った。

すると突然店主が

「お前、情けないぞ」

と私に言ってきた。

「何がですか?」

「女に酒飲ませて、自分は飲まない。情けない。もっと修行しろ」

「車できてるんで・・・」

「もういいから帰れ」


こうして私達は店を追い出されてしまった。


去り際、店内の他の客がクスクスと笑っているのがわかった。



これは推測だが、あの店はお酒を飲んで常連客とコミュニケーションを楽しむ。

それができなければ去れというお店だったのであろう。


その日はさほど腹は立たず、「なんか怒られたね」と彼女と笑いあったものだが、2025年今日現在、思い返すだけで腸が煮えくり返る思いだ。



今年は環境不振でしらすの漁獲量が少ないという。

加えて昨年、この名物店主のような店主が生配信者を激詰めして炎上した事件もあった。

求めていない人間に無理にでもコミュニケーションをとらせる時代は終わったのだ。


あの店主は元気だろうか。

願わくば、あの店はつぶれていてほしいと思っている。