『そういえばこの間お客さんからこんなお話をされたんだよ』  

  
「どんな話?」  

  
『怖い話。この西葛西のメンズエステであった話らしいよ』  

  
「へー。心霊系かな?」  

  
『”返金されないメンズエステ”の話』  

  
「返金されない?」  

  
『あるメンズエステに予約の電話を入れると、マンションの近隣駐車場に案内されるの。そこに行くと中年の男性が立っていてこう話しかけてくるの』  

  
「ええ既に怖い」  

  
『”前払いで30,000円をいま支払ってください。尚、キャンセルしても返金はできません”って』  

  
「強気なメンズエステだ」  

  
『それで指定されたマンションの部屋に行くの。そうすると扉は開いてる。”どうぞ”って声がするから中に入ると室内は真っ暗なの。そこでよーく目を凝らしてみるとベッドの上に長い髪の女性が座ってるの。そしたらその人が”どうぞ”って手招きするんだって』  

  
「それで?」  

  
『”シャワーを浴びてください”って。でも気味が悪いから躊躇してるとその人、突然ガバッ!って抱き着いてくるんだって。その時目を見たら・・・斜視っていうの?両目がそれぞれ反対側を向いてるんだってさ。そして耳元で言うの。”私、歩けないから助けて”って』  

  
「え。めっちゃ怖いんだけど」  

  
『そうなるとみんな慌てて逃げ出していくんだってさ』  

  
「なるほどね。それでキャンセルってなっても返金できないってわけか」  

  
『そう!でもこの話には続きがあるの』  

  
「教えて」  
す  
『このお話をきかせてくれたお客さん、勇気を出してキャンセルせずにシャワーを浴びたんだって』  

  
「ええ!めっちゃジャーナリストじゃん」  

  
『紙パンツも何も用意されてないから、とりあえず全裸で別途にうつ伏せになったの。そしたらその女、そのまま近づいてきて耳元でこう呟いた』  

  
「なんて?」  

  
『”もう帰って大丈夫ですよ”』  

  
「えー何それ。最初から施術する気なんかないってこと?」  

  
『そう。オカルトでもなんでもなく、ただただ施術しないで料金も返金できないってだけ』  

  
「ひどいな。詐欺じゃん」  

  
『そういう店が当たり前にいまも存在してるんだよ。わずかな人にしか知られず。それって怖いよね』 




舞ちゃんの施術に入るのはもう5度目になる。 


その間私達は、スリラーナイトに怪談を聴きにいったり、ご飯を食べに行ったりした。もちろん私の奢りで。 




「ねえ舞ちゃん。付き合ってもらえないだろうか」


そう伝えると舞ちゃんはまるで"はいはい。あなたもそれですか"と言わんばかりに苦い表情を浮かべた。


『いやいや、あなたは引くて数多でしょ』


「いやいや、何回か会ってみてもう十分察してるでしょ」


『メンズエステで働いてる女が彼女でいいんですか?おっぱいは色んな男性の顔にわざと当てるし、股間なんか山ほど触るし。もちろん適当に口説かれるときだってあるんだよ?』


「それならば舞ちゃんが働くこのメンズエステごと、キミを支えるよ」


『適当がひどいな』




おそらく全くもって脈無しなのだろう。
というか、客の立場でそもそも恋愛できるという考えが間違いだ。


それがわかった上でこういうことを言うのは、私がこの戯れも料金に加算されていると信じているからだ。




「ちなみにキャンセル後の返金可能だよ」


『別れて"金返せ"って叫ぶ女もホラーだけと、本当に金返してくる男もだいぶホラーだよね』

バカげた話だ。

この恋愛に意味なんてない。

それでもすがるしか無いのだいまの私には。


『ねえ本当にメンエス嬢が相手で良いの?』

「良いけどめちゃくちゃ嫉妬して、結局辞めてくれって言うよ。多分」

『そりゃそうだよね』


そう言う彼女には落胆の色は一切なく、どちらかといえばただ淡々と私の言うことをいなすだけであった。