新宿は人で溢れ返っていた。

前日に都合で夜に渋谷と品川を訪れたがやはり同様にとんでもない数の人で溢れ返っており、それは中学生の時に友人達と貯めた小遣いと親の援助で行った愛知万博を思い出させた。


休日をどこかの街中で過ごすことは少なくなかったはずだが、本当に、たとえばコロナ前であってもこんなに人がいただろうか。


東京中が、万博会場になっている。



親友の鈴木が20分遅れるというので、これだけ人がいては移動するのも億劫なのでアルタ前で携帯を弄りながら待機していると、私の真横に男性が陣取ってきた。

混んでいるとはいえ待ち合わせスペースは大量にあるのに、まるで満員電車のように真横にピタリと並んできたその男性に私は即嫌悪感を覚えた。

どうやら私の後ろに鏡があるらしい。


男性はどんどん私との距離を縮めながら鏡をみて髪型をいじり、そして私にぶつかり、彼は私のいた場所を奪い取った。

すごくムカついたので彼を睨むと、「何?文句あんの?」と言ってきたので、「いえ…」と呟き私はまた距離をとることにした。


彼の顔は決して悪くはなかったが、デコは派手に禿げ上がっており、それを隠す前髪はまるでギャグのような簾ヘアーで、何より気温は7度しかないのに薄いパーカーにダメージジーンズ、靴はバスケットシューズだった。

何もかもが薄い男であったが、こんな男にまで私は舐められてケンカを売られたのかと思うととても悲しい気持ちになった。



それからしばらくすると、知らない若い女性が私に近づいてきた。

そして『マサタカさんですか?』と訊いてきた。


「いえ…」と返答すると、すぐ横にいた先程の簾ヘアーが「あ、僕です」と割り込んできた。

女性は『ああ…』と言うと3秒ほど間をおいてから『ごめんなさい、このあと仕事があって。すみません』と簾ヘアー改めマサタカさんに告げ、光の速さでその場を去っていった。


推測するに、マサタカさんはマッチングアプリで待ち合わせしており、相手の女性は隣にいた私をマサタカさんだと間違えて声をかけ、真マサタカがとなりの簾だとわかるやいなや、NGを出して逃げ去った、といったところだろう。


押し黙る真マサタカさんを横目に、私のほうは間髪入れずに何も知らない鈴木が「すまん、遅れて」と現れたので、その場を離れることになった。


「どしたのニヤニヤして」

「いや実は面白いことがあって。後で話すわ」

「じゃあ飲みながら話すか」

「ところで遅刻珍しいけど、忙しかった?」



「いや、すまん。結婚指輪を買ってた」