『ちょっと待ってください。どう考えてもおかしいです』


「ごめん…俺に言わないで」

『わかってますけど、おかしいです!』


砂川は憤っていた。



5月の体制変更に伴い、部署ごと移管した案件の新担当者である砂川は大いに憤っていた。



引継ぎは問題なかった。

砂川の言う通りに私は資料を用意し、砂川の言う通りに引継ぎをした。


にもかかわらず顧客は砂川にNGを出し、前任の私に戻せと要求を出してきた。



理由は一目瞭然だ。


想像を絶する砂川の煽りと催促だ。

客であろうと協力会社であろうと同僚であろうと、彼女はやたらと催促をかけた。


例えばその日の15時過ぎに投げかけた課題を、翌日の朝イチには『この件どうなってますか?』と催促をかける。

当然それを無視、ないしはそのメール自体を確認できていないなんてことは相手側にはもちろんありうるのだが、そうなっても砂川は頻繁に催促をするのだ。



「彼女のやり方はシンプルにウザいです。正直やりとりする気なくなるんですよね」


顧客は私にそう漏らした。



そして今日、決定的な亀裂が生じることとなる。


土日の間に顧客の顧客、つまりオーナーから担当案件について顧客と砂川に大至急の資料提出の命令があった。


お互い土日にメールなんて確認するわけがなかったようで、昨日の朝イチ、顧客から砂川に「この件って対応してますか?やってないのであれば私がやります」とメールが入っていた。なぜか私もCCに入れられて。

砂川はこれに『すみません。時間がなくてできてません。対応お願いできますか?』と返信を入れていた。CCに私を入れて。


翌日、つまり今日。オーナーから顧客と砂川へ怒りのクレームが入る。
資料がまだ届いていない、と。


すぐに顧客は我が社へクレームの電話をいれたようだ。


昼過ぎ、突然砂川の部署の課長が私のもとを訪れ、「話があるからいま時間をくれ」と言ってきた。


ついて行ってみるとそこに砂川がおり、下を向いている。


課長は扉を閉めるとすぐに「今回、2人の引継ぎミスにより大事になりつつある」と私を睨んだ。


「すみません、何がでしょうか?」

「引継ぎうまくいかなかったんだろ?顧客は砂川とこれ以上の取引はできないと言っている。前任に戻してくれと」

「はあ」

「忙しいのはわかるが、やはり引継ぎ不足が原因でわからないことが多く、顧客の信頼低下に繋がったんだから」

「え?そうなの?砂川さん」

そう言うと砂川は俯きながら『…そうです』と蚊の鳴くような声で言った。


「まあどっちが悪い、じゃなくいずれにせよ信頼は回復しないといけないからキミから顧客に連絡して軌道修正してくれ。部署が違うのに申し訳ないが」



こうして私は本件の火消しを行うことになった。


電話をすると顧客は怒髪天模様で、「あの砂川って女、なんで人を催促するだけ催促しといて自分は何もしてないんですか!?」と私に怒鳴った。

「メールを拝見する限りですと砂川は御社の"やってないのであれば私がやります"を受けて対応をお任せしたのかと」


「そんなのおかしいですよ。いまメール見直してますけど。あ…」



こいつ、砂川の返信見落としたな。


「たしかにこれだと私がやるって思われても仕方ないですけどね、普通お任せしますって言います??客ですよね私?あなた方の仕事をなんでやらなくちゃいけないんですか?」

「それは仰る通りです」

「しっかりそのあたり認識するよう言っておいてください!!!」





そしてこれを私が砂川へ伝え、冒頭のやりとりである。



『絶対にあっちが間違ってるじゃないですか!おかしいですよ』

「でもまあ自分の仕事をあろうことか客に任せっぱなしにするのは良くないよ」

『だから相談で彼にメールいれてるじゃないですか!?』


「キミさ、自分の上司にこの件報告するとき、僕のせいにしたよね?」

『それは課長の勘違いです』

「僕は引継ぎしっかりしたよね?それで2ヶ月後のいま、僕は無関係のはずだよねこの件は」

『それはすみません』


「同じようなことだと思うけど。理不尽の質量的には」

『…すみません』

「まあ、いいよ」




昨今の若者は、やたらと頭が良い。

反面、これは違うという意見をハッキリと言えるようにもなってきている。


良くも悪くも。



電話を切り、私はやたらと眠くなってしまった。


いったい何の仕事をしているんだ俺は。


静かにため息をつき、目の前のショーケースにうつる私の太った身体を、何度も眺めてはまたため息をついたのだった。