「俺、だいたい名曲は上手い人が気持ちこめて歌えば全部良い曲になってると思うんだけど、ロックンロールは鳴りやまないっだけはオリジナルの神聖かまってちゃん以外が歌ったところでこう・・・良い曲だなあとはならないんだよね」

 

「BBクイーンズが歌ってもですか?」

 

「即論破すんなよ・・・」

 

 

そう言うと後輩の赤川くんはゲラゲラと笑いながら焼き鳥を食べた。

 

 

4月に入りまた後輩が新たに何人かできた。

 

赤川くんが一足先に1月から後輩となっていたが、まともに話すようになったのは最近だ。

 

「皆さんピリピリしてて、なかなか話掛けづらいんですよ。相談してもすぐ“誰の責任だ、誰の落ち度だ”ってなるから言えないし」

 

「まあ言えないよね。相談しないよ。でもそういう相談させにくい空気にしてる連中に限って、“なんで相談しないんだ!”とか平気で言うから。意地でも相談しといたほうがいいよ」

 

「みんな有馬さんみたいに話やすかったらいいんですけどね」

 

 

「そうかなあ」

 

 

上機嫌の赤川くんをヨソに、私はいまひとつそれを言われても喜べなかった。

 

 

私は叱れないのだ。

 

もっと言えば、誤りを「それは違うだろ」と正すことができないのだ。

 

それで嫌われたくないから。

 

 

後輩や部下に優しく"だけ“するのは最も簡単で、誰でもできる。

 

 

赤川くんはそこを心地よく思っているに過ぎないのだ。

 

 

思い返してみれば社会人3年目になり、初めて新入社員の一人の教育をすることになった。

 

学生時代の先輩後輩の関係とは違うと思っていたので、それなりに身構えてはいたが、その新入社員の岡本くんはとにかく良い子だった。

 

なんでも言うことを聞き、私に逆らうこともなく、とにかく従順であった。

 

また岡本くんは元体育会系で、身体も大きく、学生時代は明らかにヤンチャしてきたタイプだった。

反面私は絵にかいたような文科系の陰キャであり、過去であれば岡本くんのようなタイプと仲良くなることはなかっただろう。

 

その岡本くんがなんでも言うことを聞くのだ。

 

 

私はそれが気持ちよくなってしまい、時にはあまりにも理不尽に岡本くんを叱り、岡本くんが絶対に嫌がる悪戯をし、プライベートでも色々な世話をさせてしまった。

 

岡本くんは私にとって虎の威よりも便利な、都合の良いアクセサリーでしかなかったのだと思う。

 

そして反抗してこない岡本くんに、何より私自身が甘えまくってしまっていた。

 

 

しばらく経ってから私は異動になり、岡本くんと道を分かつことになったが、そのうち連絡がとれなくなった。

 

後に人づてに、岡本くんが私を激しく嫌悪しているということを聞いた。

 

いまにして思い返せば嫌われて当り前の振る舞いだったが、何せ当時はそこに甘えてしまっていたので、その事実にまったく気づかなった。

 

 

以来後輩付き合いには本当に気をつけてきた。

 

時には教育した後輩が部下になることもあり、そういう人たちには自身のボーダーラインを意識しながら厳しいことを言ったりした。

 

だがただの後輩となると、その役割は私のものではない、少なくともその労力はこの安月給には含まれていないと考えている。

 

そのため、相手が嫌がることを言う必要もなく、ただ顔色だけ見ていれば良いので、楽なものだ。

 

 

 

『でもそれもできない子だってたくさんいるんだよ』

 

イースターは言う。

 

「優しくする必要なんかないんだよ。嫌なことを言わなければいいだけなんだ」

 

『難しいよそれは』

 

「極論、その後輩の言いなりになってればいいんだよ」

 

『それってプライドが許すもの?』

 

「・・・許さないね」

 

『ね。だから難しいんだよ』

 

 

なるほどなと思う。

 

だがそれでも反面、楽なもんだよとすら思う。

 

これがパーソナリティなことなのか、世間全体のことなのか。

 

 

私には判断つかない。

 

 

同時に、こういうところが、私が仕事ができない一因なのだとは思う。