5年振りに降り立った横浜の馴染みの地は、やはり月日の流れか色々なことが変化していた。


もっとも驚くべきことに、それまで巨大な駐車場だった場所にとんでもなく高くおおきなビルが建設されていたことだ。

まだ完成には数年かかるようだが、以前は駐車場のため高さはなく見通しがよかった場所に、突然バベルの塔が現れた為、方向感覚が失われて目的の場所への行き方がわからなくなる事態に陥ってしまった。


何よりもソープランド富士が見当たらなくなってしまった。





5年前に勤めていた会社は他の追随を許さないレベルで超絶ブラック企業であり、とにかく地獄だった。

例をあげればキリがない。

経費の立替や残業時間の消失操作はもちろんのこと、日々の罵倒や事務女性陣のボイコット、果ては心の病で休職中の社員宅への押し掛けも行われた。


ソープランド富士は、その職場への道中にあり、豪華なエントランスは外からもみてとれたため、仕事が落ち着いたら必ずソープランド富士で遊ぼうと心に決めていたのだ。


だが結局それは果たされなかった。


それは退職直前の時期であったが、土日祝日一切休ませてもらえず、「上でフォローするから」と言っていた上司陣はグアムへ旅行に行ってしまったため、たった1人で新規案件の立ち上げをやらされたことがあり、その月の残業時間が160時間を超えてしまった。

残業が160時間だ。


それまで「仕事の意地があるなら残業はつけるな。利益にしろ」と叩き込まれ、実際ほぼ洗脳状態で残業をつけない正義を全うしてきたが、さすがになんの自由も喜びもなく仕事したものが一切見返りがないなんておかしいと感じ、
「まあ単月超過なら…」と残業を申請してみた。


せっかくだ。この残業代でソープランド富士へ行こう。

それぐらいは許されたっていいじゃないか。



数日後グアム帰りの上司はその申請書を見るやいなや即座に私を呼び、新品の消しゴムと一緒に申請書を私に返してきた。


「0を消せ。16時間はつけてやる」と。


この会社は自分の勤怠をなぜかえんぴつで直接自分で書き込まねばならない。

恐らくこうして容易に修正させられるからだろう。


「160時間が16時間ですか…?」


絶望とも怒りともならない感情でそう尋ねた。

それは単に144時間が消失したということだけではない。

孤独に助けもなく戦ってきた俺に、遊んでいたあんたは労いの言葉すらくれないのか、という意味を孕んだ「160時間が16時間ですか…?」だった。



だが無情。

「それだけ残業しなくちゃいけなくなったのは、お前自身のせいなんじゃないか。160時間の成果を報告できるのか」

それはあまりに残酷だった。



私は色々我慢したからちょっとだけソープに行きたいと言っただけのようなものなのに、何もかもを否定されてしまったような気持ちになった。


ここで洗脳は解けたのだ。


すぐに退職願と退職届を提出し、引継ぎが終わるまでは受理できないと言われたが出社を拒否し有休消化した。(この間に家に3度も押しかけられた)


こうして私はソープランド富士に行くことが完全になくなってしまった。




長くなってしまったが、そのソープランド富士が無い。



あの地獄の中で唯一のモチベーションであり、一筋の光であったソープランド富士が無い。



なんてことだ。高層ビルや巨大商業施設はソープランドを奪っていく。


あんまりだ…その建物に縁がないからこその勝手な発言だが、高層ビルなんかよりソープランドのほうが良い。


ああソープ…


そんなことを考えながらウロウロしていると、ソープランド富士が突然見つかった。


あるやないか。

ソープランド富士健在やないか。


どうやら上述の通り、見通しの良い巨大駐車場を失ったことで自分の中の磁場が狂い、まったく関係ない場所を見て「ここにソープランド富士があったはずなのに…」と勝手に落ち込んだだけだったようだ。



にしたってよかった。よかった。



陽当たりは悪くなりあの豪華なエントランスはなぜか封鎖されていたが、そこにはたしかにソープランド富士があった。


せっかくだから寄っていこうか。



けれどもその瞬間、まあ仮にここで念願叶って入店したところで楽しいのは最初だけで、あとはまた適当に身体洗ってマットしてベットして射精して帰るだけなんだよな、と疑似賢者タイムへ突入してしまった。


そんなことに3万円か。実に馬鹿らしい、と。




こうして私はまたソープランド富士に背を向けることとなった。



気持ちが落ち着いてこの日のことを思い出してみるが、やはりあそこで入店せずに帰ったのは正解だ。


間違いなく正解なのだ。



だが不思議なもので、同時に「次こそ行こう」という気持ちはしっかりと残っている。



次に横浜に行くのは何年後になるのか。



ここのソープランドに行かない限り、私は横浜から離れることはきっとできないだろう。