その日、そういうことになったのは単なる思いつきに過ぎなかったように思える。
僕と友人の吉田はL'Arc~en~Cielを嫌い、しかしながら彼らの歌うHeven's Driveとstay away、Ready stady goは最高だという結論に至り、喉を震わせた。
僕と吉田のどちらから話題を振り出したのかはわからないが、いつの間にかリチャードギアとハチ公の話になり、リチャードギアの交友関係の話になり、ウィスキーの話になり、ハプニングバーの話になった。
「じゃあ行ってみるか。ハプニングバーに」
どちらがそう言い出したのかは定かではないが、そこに至るには既に僕らの年齢は十分だった。
こうして店を訪れた時、まずは入口での会計で衝撃に襲われた。
入会金+入店代17000円
高っ。
あまりにもバカげた金額だ。
こんな金を払ってまで快楽を求めようというのだからまったく人間という生き物はどうしようもない。
中に入るといきなりわけのわからないおばちゃんが下着姿やコスプレ姿で転がっていたり、後ろから男に胸を揉まれていたり、なんとなくだが僕らの下半身をワクワクさせる光景が広がっていた。
この当時石原独裁によるハプニングバーの摘発が話題になっていたが、その後訪れる"快楽"冬の時代の見る陰すらなかったそれよりも遥か昔は、まるで異教徒たちの隠れ宴が如く、数珠繋がりで平気で交わっていたというのだからこの国も凄い。
僕と吉田が店内を店員に説明されていると、下着姿で転がっている女性や、意味なくニヤニヤする男性たちが僕らをジっとみつめた。
おそらく「こいつらの性能はどんなもんなんだろう。こいつらはどんな性癖なのか」と品定めをしたのだろう。
みんな腐った魚のような目をしていた。
なんだかプリズンブレイクの精神病棟に収監されていそうなヒョロ長い男性が、ニヤニヤしながらちょっとぽっちゃりめの可愛い女性に声をかけていた。
女性は僕らよりひとつ先にメガネをかけた彼氏と入店したようで、彼氏に「こいつは淫乱なんですよ」と紹介されていた。
するとプリズンブレイクの雑魚がニヤニヤと笑いながら「へえー、淫乱なんだ」と呟き、近くに置いてあったローターだったりバイブを手に取り、その性能をプレゼンしはじめた。
プレゼンの最中も雑魚はニヤニヤしながら、その切れ長な目から放たれる視線(レーザービーム)を女の子から離すことなく、じっと彼女を見つめながらニヤニヤとプレゼンをするのだ。まるで彼女の戸惑いを見逃さんとするかのように。
僕は彼の独特な語り口とニヤケた表情がどうしても不快であった。
我慢できなくなった僕は彼らの話に割って入り、彼女の腕を掴み「僕と一緒に行こう。別の場所に」と連れ出したのだった。
プリズンブレイクの雑魚が彼女の彼氏に「いいんですか?彼女連れ出されちゃって」と尋ねるのが聞こえた。
「いいんですよあれで」と彼氏は答えた。
離れたソファに座った僕は、彼女に「大丈夫だった?こういう店はキミには刺激が強すぎるようだ。なんだったら僕がいまからキミを店の外に連れ出したって構わない。大丈夫。僕童貞だから襲ったりしないよ」と伝えた。
彼女は『アハハw』と一笑した後、机の上にある加藤鷹モデルのゴールドフィンガーグローブを手に取り、それを悪戯に弄りながら僕をみつめて
『・・・でも、こういうのも少し興味あります。少しだけ。』
と言うのだった。
彼女の目はトロンとし、口はだらしなく半分開き、顔は紅潮していた。
見上げるように僕を見つめる彼女の瞳はうるうるとしていて、いまにもこぼれ落ちてしまいそうなくらい愛しいものだった。
「キミはいつかそれで身を滅ぼすよ」
と僕は告げ、席を立った。
カウンターでトムコリンズを注文し、ひとり静かにそれを飲んだ。
トムコリンズは大発明!とまではいかないものの、それなりに、あくまでそれなりに僕の口の中を楽しませた。
カウンター横に赤いポンチョ型の上着にジーンズを履いた女性が立っていた。
僕はマティーニのグラスを左手に持ちかえ、彼女に話かけた。
「こんばんは。お一人ですか?」
『いえ、友達と一緒に来たのですが、他の人と一緒にプレイルームに入ってしまって・・・』
あらためて間近でこの赤い服の女性をみてみると、やたらとデカイ顔だった。四角かった。
しかしながら目や鼻といったパーツはそれぞれ小さく、そのくせ口はでかい。
それらがこのデカイ顔のうえにあるわけだから、えらく余白が目立つ顔になっていた。
浦沢直樹の“MONSTER”に出てくる、絵本の中の怪物に似ているな、と僕は思った。
『見てくださいよ。あっちでは胸を揉み合ってる人がいて、こっちでは真剣にエロトークをしてる人がいる。わあ。なんだか人間観察って楽しい!不思議な世界!』
「ここにはよく来られるんですか?」
と僕は尋ねた。
『いやいや!私!絶対こういう店とか何度も来たりしませんから!来たいと思いませんから!』
「それはすみません」
『逆にお兄さんはよく来るんですか?』
「いや実は僕も初めてなんですよ。友達にハプバー遊びが好きなやつがいて・・・」
『その友達と一緒に来たんですか?』
「いえ、そいつは渋谷周辺しか行かないみたいなんですよ。ほら、SBとかあるじゃないですか」
『いや!だから!私!!どんな店がどこにあるとか!SBとか知りませんから!!だから!!私!!こういうの興味ないんです!!!』
「ああ・・・すみません・・・」
『逆にあなたはなんでこういうお店に来たりするんですか!?ねえ!なんでですか!?好きなんですかこういうの!ねえ!なんでですか!ねえ!』
もうこのブス超ウザいんだけど・・・
実にバカげた交流だ。
-----------------------------
この日は“プロの縄師”とやらが沢山来ていたらしい。
モデル体型でスラリとしたAV女優顔の美女は、黒いTshirtと短パンだけを身に纏った格好で、僕らの前でゴルフ帰りのようなポロシャツに自転車のサドルみたいな帽子を被ったオッサンに縛られた。
彼もプロの縄師らしい。
真っ赤な縄が黒い服に良く映えた。
美女が両手を一本のロープで宙吊りにされ、その赤いラインが乳房付近で寄り道をし、股間部分でぎっちりと折り返すその風貌は、とても卑猥で淫靡だった。
自転車のサドルみたいな帽子の男は、イガグリみたいなバカげた顔面をしていたが、すごく真剣に、まるで原稿に誤字脱字がないかを入念にチェックする敏腕編集長のように本当に真剣な面持ちで美女を縛っていた。
その光景に対して放った吉田の発言は、まさしくその通りであり、この世界においてこんなにも的を射るものはないというくらい爽快であり、僕らの溜飲を下げてくれたのだった。
「なんであいつはあんなに真顔で縛ってんの?なんか“俺はエロを超越するくらい縄には真剣です”みたいな顔して縛ってるけどさあ。なにあの“これはあくまでビジネスだ”みたいな顔。なんのための縄だよ。エロいことするための縄だろ!かわいい女の子縛ってるんだからもっと嬉しそうに縛れよ!スケベ丸出しなニヤケ顔して嬉しそうに楽しそうにエロそうな顔して縛ればいいじゃん!何を気取ってんだよ!」
吉田は実に素晴らしい。
その後、縄から解放された金髪の美女が僕の近くのイスに座った。
僕はなんとか美女とお知り合いになろうと会話の糸口を探した。
しかしめぼしい話題がほとんどみつからず、結局
「いやあ。縛られてましたねー。僕もね、めちゃくちゃ縛るんですよ。いやあお姉さんを縛りたいですよ。ビシッと!ビシッと縛りますよ!」
と、なんとも中身のないものになってしまった。
しかしながらその美女はドン引きするどころか
『じゃあ次回、お願いしますね。麻縄しっかり茹でておいてくださいね♪』
と微笑んだのだった。
かわいいっ・・・
しかし麻縄を茹でる?って何?
縄茹でんの?
もう面倒臭いよ。
縄いらねえよ。
普通にやらせろよ。
-------------------------------
縛られ美女とのデートがいよいよ1週間後に迫ってきた。
僕らはなんだかんだ1日1通メールをし、こうして本当にデートをするわけだから驚きだ。
来週新宿で待ち合わせた僕らはサイゼリアで辛味チキンと小海老のカクテルサラダを食べ、少し大人な雰囲気のバーに移動し、マルガリータを飲みながら互いの歩んだ恋愛事情に花を咲かせることになるだろう。
たとえゴールがどんなものであろうと構わない。このドキドキとワクワクは紛れもない現実で本物だ。
実に楽しみだ。
僕と友人の吉田はL'Arc~en~Cielを嫌い、しかしながら彼らの歌うHeven's Driveとstay away、Ready stady goは最高だという結論に至り、喉を震わせた。
僕と吉田のどちらから話題を振り出したのかはわからないが、いつの間にかリチャードギアとハチ公の話になり、リチャードギアの交友関係の話になり、ウィスキーの話になり、ハプニングバーの話になった。
「じゃあ行ってみるか。ハプニングバーに」
どちらがそう言い出したのかは定かではないが、そこに至るには既に僕らの年齢は十分だった。
こうして店を訪れた時、まずは入口での会計で衝撃に襲われた。
入会金+入店代17000円
高っ。
あまりにもバカげた金額だ。
こんな金を払ってまで快楽を求めようというのだからまったく人間という生き物はどうしようもない。
中に入るといきなりわけのわからないおばちゃんが下着姿やコスプレ姿で転がっていたり、後ろから男に胸を揉まれていたり、なんとなくだが僕らの下半身をワクワクさせる光景が広がっていた。
この当時石原独裁によるハプニングバーの摘発が話題になっていたが、その後訪れる"快楽"冬の時代の見る陰すらなかったそれよりも遥か昔は、まるで異教徒たちの隠れ宴が如く、数珠繋がりで平気で交わっていたというのだからこの国も凄い。
僕と吉田が店内を店員に説明されていると、下着姿で転がっている女性や、意味なくニヤニヤする男性たちが僕らをジっとみつめた。
おそらく「こいつらの性能はどんなもんなんだろう。こいつらはどんな性癖なのか」と品定めをしたのだろう。
みんな腐った魚のような目をしていた。
なんだかプリズンブレイクの精神病棟に収監されていそうなヒョロ長い男性が、ニヤニヤしながらちょっとぽっちゃりめの可愛い女性に声をかけていた。
女性は僕らよりひとつ先にメガネをかけた彼氏と入店したようで、彼氏に「こいつは淫乱なんですよ」と紹介されていた。
するとプリズンブレイクの雑魚がニヤニヤと笑いながら「へえー、淫乱なんだ」と呟き、近くに置いてあったローターだったりバイブを手に取り、その性能をプレゼンしはじめた。
プレゼンの最中も雑魚はニヤニヤしながら、その切れ長な目から放たれる視線(レーザービーム)を女の子から離すことなく、じっと彼女を見つめながらニヤニヤとプレゼンをするのだ。まるで彼女の戸惑いを見逃さんとするかのように。
僕は彼の独特な語り口とニヤケた表情がどうしても不快であった。
我慢できなくなった僕は彼らの話に割って入り、彼女の腕を掴み「僕と一緒に行こう。別の場所に」と連れ出したのだった。
プリズンブレイクの雑魚が彼女の彼氏に「いいんですか?彼女連れ出されちゃって」と尋ねるのが聞こえた。
「いいんですよあれで」と彼氏は答えた。
離れたソファに座った僕は、彼女に「大丈夫だった?こういう店はキミには刺激が強すぎるようだ。なんだったら僕がいまからキミを店の外に連れ出したって構わない。大丈夫。僕童貞だから襲ったりしないよ」と伝えた。
彼女は『アハハw』と一笑した後、机の上にある加藤鷹モデルのゴールドフィンガーグローブを手に取り、それを悪戯に弄りながら僕をみつめて
『・・・でも、こういうのも少し興味あります。少しだけ。』
と言うのだった。
彼女の目はトロンとし、口はだらしなく半分開き、顔は紅潮していた。
見上げるように僕を見つめる彼女の瞳はうるうるとしていて、いまにもこぼれ落ちてしまいそうなくらい愛しいものだった。
「キミはいつかそれで身を滅ぼすよ」
と僕は告げ、席を立った。
カウンターでトムコリンズを注文し、ひとり静かにそれを飲んだ。
トムコリンズは大発明!とまではいかないものの、それなりに、あくまでそれなりに僕の口の中を楽しませた。
カウンター横に赤いポンチョ型の上着にジーンズを履いた女性が立っていた。
僕はマティーニのグラスを左手に持ちかえ、彼女に話かけた。
「こんばんは。お一人ですか?」
『いえ、友達と一緒に来たのですが、他の人と一緒にプレイルームに入ってしまって・・・』
あらためて間近でこの赤い服の女性をみてみると、やたらとデカイ顔だった。四角かった。
しかしながら目や鼻といったパーツはそれぞれ小さく、そのくせ口はでかい。
それらがこのデカイ顔のうえにあるわけだから、えらく余白が目立つ顔になっていた。
浦沢直樹の“MONSTER”に出てくる、絵本の中の怪物に似ているな、と僕は思った。
『見てくださいよ。あっちでは胸を揉み合ってる人がいて、こっちでは真剣にエロトークをしてる人がいる。わあ。なんだか人間観察って楽しい!不思議な世界!』
「ここにはよく来られるんですか?」
と僕は尋ねた。
『いやいや!私!絶対こういう店とか何度も来たりしませんから!来たいと思いませんから!』
「それはすみません」
『逆にお兄さんはよく来るんですか?』
「いや実は僕も初めてなんですよ。友達にハプバー遊びが好きなやつがいて・・・」
『その友達と一緒に来たんですか?』
「いえ、そいつは渋谷周辺しか行かないみたいなんですよ。ほら、SBとかあるじゃないですか」
『いや!だから!私!!どんな店がどこにあるとか!SBとか知りませんから!!だから!!私!!こういうの興味ないんです!!!』
「ああ・・・すみません・・・」
『逆にあなたはなんでこういうお店に来たりするんですか!?ねえ!なんでですか!?好きなんですかこういうの!ねえ!なんでですか!ねえ!』
もうこのブス超ウザいんだけど・・・
実にバカげた交流だ。
-----------------------------
この日は“プロの縄師”とやらが沢山来ていたらしい。
モデル体型でスラリとしたAV女優顔の美女は、黒いTshirtと短パンだけを身に纏った格好で、僕らの前でゴルフ帰りのようなポロシャツに自転車のサドルみたいな帽子を被ったオッサンに縛られた。
彼もプロの縄師らしい。
真っ赤な縄が黒い服に良く映えた。
美女が両手を一本のロープで宙吊りにされ、その赤いラインが乳房付近で寄り道をし、股間部分でぎっちりと折り返すその風貌は、とても卑猥で淫靡だった。
自転車のサドルみたいな帽子の男は、イガグリみたいなバカげた顔面をしていたが、すごく真剣に、まるで原稿に誤字脱字がないかを入念にチェックする敏腕編集長のように本当に真剣な面持ちで美女を縛っていた。
その光景に対して放った吉田の発言は、まさしくその通りであり、この世界においてこんなにも的を射るものはないというくらい爽快であり、僕らの溜飲を下げてくれたのだった。
「なんであいつはあんなに真顔で縛ってんの?なんか“俺はエロを超越するくらい縄には真剣です”みたいな顔して縛ってるけどさあ。なにあの“これはあくまでビジネスだ”みたいな顔。なんのための縄だよ。エロいことするための縄だろ!かわいい女の子縛ってるんだからもっと嬉しそうに縛れよ!スケベ丸出しなニヤケ顔して嬉しそうに楽しそうにエロそうな顔して縛ればいいじゃん!何を気取ってんだよ!」
吉田は実に素晴らしい。
その後、縄から解放された金髪の美女が僕の近くのイスに座った。
僕はなんとか美女とお知り合いになろうと会話の糸口を探した。
しかしめぼしい話題がほとんどみつからず、結局
「いやあ。縛られてましたねー。僕もね、めちゃくちゃ縛るんですよ。いやあお姉さんを縛りたいですよ。ビシッと!ビシッと縛りますよ!」
と、なんとも中身のないものになってしまった。
しかしながらその美女はドン引きするどころか
『じゃあ次回、お願いしますね。麻縄しっかり茹でておいてくださいね♪』
と微笑んだのだった。
かわいいっ・・・
しかし麻縄を茹でる?って何?
縄茹でんの?
もう面倒臭いよ。
縄いらねえよ。
普通にやらせろよ。
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縛られ美女とのデートがいよいよ1週間後に迫ってきた。
僕らはなんだかんだ1日1通メールをし、こうして本当にデートをするわけだから驚きだ。
来週新宿で待ち合わせた僕らはサイゼリアで辛味チキンと小海老のカクテルサラダを食べ、少し大人な雰囲気のバーに移動し、マルガリータを飲みながら互いの歩んだ恋愛事情に花を咲かせることになるだろう。
たとえゴールがどんなものであろうと構わない。このドキドキとワクワクは紛れもない現実で本物だ。
実に楽しみだ。