「根回しという言葉を使ってしまった自分を恥じろ!」
2年前のことになるが、当時の私は明らかに部署に異動してきた上司から目の敵にされていた。
私の何が気に入らなかったのかは全くわからないが、何をやるにしても明らかに裏で悪口を言っているなと感じることが多かった。
その2か月程前だ。
私はその日、450万円の大型営業を受注した。
これは大功績であり、チーム全員が喜ぶホームランであった。
その1か月後、契約先の顧客から一本連絡を受けた。
「入金サイクルを間違えて伝えてしまいました。20日入金と伝えましたが25日入金でした。発注書を巻き直しますか?」
と。
巻き直すには多少手続きが多く面倒くさかったため、どうするべきか私は当時の上司へ尋ねた。
答えは「まあ5日程度なら巻き直ししないで入金遅れで処理しちゃおうか。ただし遅れは遅れになるから事前に関係各所に確認しておいて。後、問題がないっていう了承もとっておこう」というものだった。
すぐに私は関係各所へ確認を行い、その対応で問題ありませんというエビデンスも獲得した。
それが2年前のその日、赴任しすぐに私を目の敵にした上司が450万円が20日の段階で入金されていないことを知り、激怒した。
大激怒だった。
「すぐにこの件を説明しろ!450万円も取りっぱぐれてどう責任をとるんだ!!」
そう私を怒鳴った。
私はすぐに全ての当時のやりとりを提示した。
25日入金にずれこむこと、そしてそれを関係各所全てが了承していることを。
全て文書でもらっており、提示したのだ。
「関係者皆、当件了承済みです。事前にしっかり根回しをしてこの対応になっています」
「いやいや。自分が何を言っているかわかってんのか?」
「は?何か落ち度がありましたか?」
「いいか!根回しって言葉は隠蔽を意味する!根回しは後ろめたいことがあるってことだ。キミが根回しって言葉を使ったからこういうふうに事態が混乱したんだ」
「いまの説明で初めて使っただけですが、根回し」
「いまの説明で平気で根回しって言葉を使う奴は普段から根回しって言葉を使ってるんだよ!」
「…」
「不満ある?」
「まあ意味はわかんないっす」
「キミがその意味がわかんないのは社会経験が足りてないからだよ。そのうちわかるから」
「はあ」
そして冒頭の言葉である。
それが2年後の今日。
そいつも同席した営業の研修会で、社外講師が声高に叫んだのだ。
「いいですか?必ず事前の根回しはしてください。本当に大事なことです」
いや根回しって普通にプロも使ってんじゃねえかよ!!
それを聞いて私は一気にあの日の説教を思い出し、腑が煮えくりかえった。
今すぐにでもそいつの胸ぐらを掴んでやりたい気分だった。
そこをぐっとこらえ、私はそいつを見た。
いったい根回しが別に悪い言葉でもなんでもないと知ったいま、彼はどんな顔をしているのだろうか、と。
覗いてみて、私は呆れた。
彼は涼しい顔で、ヘラヘラ笑っているだけだった。
○
「というようなことがあったんだ。それで俺はわかったよ」
『何を?』
「イジメた側は覚えてないんだなって。こういうムカつきを一生覚えてるのは虐められた側だけなんだな、って」
『うーん。なんていうかそれは違うよ』
「何が違うの?」
『覚えてないとか覚えてるとかじゃないんだよその人は』
「どういうこと?」
『たとえば、テストが終わった瞬間、自分的には7割くらいしか正解できなかったとします』
「うん」
『すぐに友達に"どれくらいできたと思う?"と聞かれたとするよ?キミならなんて答える?』
「うーん。"50点くらいかなー"かな?」
『そう。普通の人は低く申告するんだよ。普通はね』
「まあ自信があるわけじゃないし」
『でもね、普通より下に、バカって人種がいるんだよ。バカはその場合、なんて言うと思う?』
「わからない」
『"80点くらいかなー"って言うの』
「え?なんで?」
『そのあと解答を見ながら自己採点するとします。すると普通の人は結果的に7割できていて、"やっぱり70点くらいかー"ってなるの』
「バカは?」
『30点くらい分しか合ってないの。でも彼らは"30点しかとれてないやー"ってならないんだよ』
「なんで?かっこ悪いから言いたくないってこと?」
『違うよ。自己採点して、実際は30点なのに、"おー!90点とれた!"って言うの』
「え?どういうこと?」
『バカはね。わからないの。自分がなんて書いたか、自分がどう答えたのかもわからない。でも"自分は出来る"って思い込みだけはあるの。だから実際の点よりも当初の予想よりも、上の点数を言ってしまう。それはね、見栄を張ったとか盛ったとかじゃなく、自分がどれだけ出来てないかわからないの。出来てると思っちゃうの。バカだから』
「ええ!何それ。信じられないよ」
『バカは自己肯定感とプライドだけはやたら高いんだよ。たとえばそいつ。すぐ頭にきて怒ったりケンカ腰になったりしない?』
「…するわ。しかもディベートなら誰にも負けねえ!みたいにイキってた」
『ね?プライドが高いから、誰かからの苦言やアドバイスすら、そういう人たちは自分を攻撃してきてる!ってなってすぐ怒ってしまうんだよね』
「つまりどういうこと」
『キミを傷つけたその上司はただのバカなんだよ。いじめっ子だから覚えてないんじゃない。バカだから、自分が言ったことの意味も影響もわからないの。涼しい顔してるのは、それをきいて自分が間違ってたなんて思わずに、"ああ!合ってたんだ!"って満足してるからだよ』
「そんな奴に俺はムカついてたのか」
『そう。だからキミも怒らないほうがいいよ。そして』
「そして?」
『バカとは戦っちゃいけないよ』
2年前のことになるが、当時の私は明らかに部署に異動してきた上司から目の敵にされていた。
私の何が気に入らなかったのかは全くわからないが、何をやるにしても明らかに裏で悪口を言っているなと感じることが多かった。
その2か月程前だ。
私はその日、450万円の大型営業を受注した。
これは大功績であり、チーム全員が喜ぶホームランであった。
その1か月後、契約先の顧客から一本連絡を受けた。
「入金サイクルを間違えて伝えてしまいました。20日入金と伝えましたが25日入金でした。発注書を巻き直しますか?」
と。
巻き直すには多少手続きが多く面倒くさかったため、どうするべきか私は当時の上司へ尋ねた。
答えは「まあ5日程度なら巻き直ししないで入金遅れで処理しちゃおうか。ただし遅れは遅れになるから事前に関係各所に確認しておいて。後、問題がないっていう了承もとっておこう」というものだった。
すぐに私は関係各所へ確認を行い、その対応で問題ありませんというエビデンスも獲得した。
それが2年前のその日、赴任しすぐに私を目の敵にした上司が450万円が20日の段階で入金されていないことを知り、激怒した。
大激怒だった。
「すぐにこの件を説明しろ!450万円も取りっぱぐれてどう責任をとるんだ!!」
そう私を怒鳴った。
私はすぐに全ての当時のやりとりを提示した。
25日入金にずれこむこと、そしてそれを関係各所全てが了承していることを。
全て文書でもらっており、提示したのだ。
「関係者皆、当件了承済みです。事前にしっかり根回しをしてこの対応になっています」
「いやいや。自分が何を言っているかわかってんのか?」
「は?何か落ち度がありましたか?」
「いいか!根回しって言葉は隠蔽を意味する!根回しは後ろめたいことがあるってことだ。キミが根回しって言葉を使ったからこういうふうに事態が混乱したんだ」
「いまの説明で初めて使っただけですが、根回し」
「いまの説明で平気で根回しって言葉を使う奴は普段から根回しって言葉を使ってるんだよ!」
「…」
「不満ある?」
「まあ意味はわかんないっす」
「キミがその意味がわかんないのは社会経験が足りてないからだよ。そのうちわかるから」
「はあ」
そして冒頭の言葉である。
それが2年後の今日。
そいつも同席した営業の研修会で、社外講師が声高に叫んだのだ。
「いいですか?必ず事前の根回しはしてください。本当に大事なことです」
いや根回しって普通にプロも使ってんじゃねえかよ!!
それを聞いて私は一気にあの日の説教を思い出し、腑が煮えくりかえった。
今すぐにでもそいつの胸ぐらを掴んでやりたい気分だった。
そこをぐっとこらえ、私はそいつを見た。
いったい根回しが別に悪い言葉でもなんでもないと知ったいま、彼はどんな顔をしているのだろうか、と。
覗いてみて、私は呆れた。
彼は涼しい顔で、ヘラヘラ笑っているだけだった。
○
「というようなことがあったんだ。それで俺はわかったよ」
『何を?』
「イジメた側は覚えてないんだなって。こういうムカつきを一生覚えてるのは虐められた側だけなんだな、って」
『うーん。なんていうかそれは違うよ』
「何が違うの?」
『覚えてないとか覚えてるとかじゃないんだよその人は』
「どういうこと?」
『たとえば、テストが終わった瞬間、自分的には7割くらいしか正解できなかったとします』
「うん」
『すぐに友達に"どれくらいできたと思う?"と聞かれたとするよ?キミならなんて答える?』
「うーん。"50点くらいかなー"かな?」
『そう。普通の人は低く申告するんだよ。普通はね』
「まあ自信があるわけじゃないし」
『でもね、普通より下に、バカって人種がいるんだよ。バカはその場合、なんて言うと思う?』
「わからない」
『"80点くらいかなー"って言うの』
「え?なんで?」
『そのあと解答を見ながら自己採点するとします。すると普通の人は結果的に7割できていて、"やっぱり70点くらいかー"ってなるの』
「バカは?」
『30点くらい分しか合ってないの。でも彼らは"30点しかとれてないやー"ってならないんだよ』
「なんで?かっこ悪いから言いたくないってこと?」
『違うよ。自己採点して、実際は30点なのに、"おー!90点とれた!"って言うの』
「え?どういうこと?」
『バカはね。わからないの。自分がなんて書いたか、自分がどう答えたのかもわからない。でも"自分は出来る"って思い込みだけはあるの。だから実際の点よりも当初の予想よりも、上の点数を言ってしまう。それはね、見栄を張ったとか盛ったとかじゃなく、自分がどれだけ出来てないかわからないの。出来てると思っちゃうの。バカだから』
「ええ!何それ。信じられないよ」
『バカは自己肯定感とプライドだけはやたら高いんだよ。たとえばそいつ。すぐ頭にきて怒ったりケンカ腰になったりしない?』
「…するわ。しかもディベートなら誰にも負けねえ!みたいにイキってた」
『ね?プライドが高いから、誰かからの苦言やアドバイスすら、そういう人たちは自分を攻撃してきてる!ってなってすぐ怒ってしまうんだよね』
「つまりどういうこと」
『キミを傷つけたその上司はただのバカなんだよ。いじめっ子だから覚えてないんじゃない。バカだから、自分が言ったことの意味も影響もわからないの。涼しい顔してるのは、それをきいて自分が間違ってたなんて思わずに、"ああ!合ってたんだ!"って満足してるからだよ』
「そんな奴に俺はムカついてたのか」
『そう。だからキミも怒らないほうがいいよ。そして』
「そして?」
『バカとは戦っちゃいけないよ』