コロナ渦になってすぐのことだったと思う。
とある業務で年間契約を結び業務を再委託している会社の社長から「報告書類を直接届けていいか?」と問合せがあった。
その会社は報告書類を1年以上出しておらず、再三に渡る催促にようやく答えを出してきた感じだ。
「別に郵送でもいいですよ」と言うと「いやいや、直接渡したい」と社長は言う。
「じゃあご足労ですがオフィスまでお届けください」と伝えると、「いやあ、実は足が痛くて」と断り、「申し訳ないんだけど取りにきてくれないか」と社長は続けた。
なんで俺が・・・
社長は高齢、70歳を超えている。
なら他の社員に持たせろよとも思ったが、まあそれでごちゃごちゃ言い合っても仕方ないしなと思い、オフィスが徒歩10分圏内だったこともあって、結局私が足を運ぶことになってしまった。
相手会社に着き社長を呼び出すと、『急遽の外出中で』と若い女性の事務員が応対し、社長は不在だった。
いやいや足痛いんじゃないんかいと心の中でつぶやきながら「では報告書類をください」と言うと、『こちらだと言われております』とファイルに入れられるわけでもクリップで止められるわけでもない書類が大量に無造作に“詰め込まれた”紙袋を渡してきた。
もはや失礼なレベルだ。重いし。郵送しろや。と内心苛々しつつも、簡単に挨拶をして私はその会社を後にした。
数分後に自社へ戻り、さっそく紙袋の中の書類を上から取出し始める。
するとすぐに、紙袋の底に何やら書類ではない物が入っていることに気が付いた。
袋をひっくり返すと、それは驚くべきものだった。
高級ブランドの財布、いかにも高級そうなボトルに入ったお酒、そして大きな箱に詰められた腕時計が現れたのだ。
〇
「事実確認とヒアリングはすることになるから。隠すことは無いと思うけど、正直に答えるように」
いままでこんな部署あったんだと言うくらいわけのわからない部署の怖い顔のおじさんが、穏やかな口調で私に言った。
あれから数年。
度重なる業務不履行やパフォーマンスの低下、それに担当者たる社長自らがまったく電話に出ず、仕事としてあきらかに機能していなかったので、私はついにその会社との契約を解消することになった。
私の所属する会社とは実に20年来の付き合いだと言い、とんでもない低価格で業務を請け負っていたため、会社交代でのコスト増のインパクトは大きかったものの、それを差し引いても我慢の限界だった。
「契約終了に伴う問合せはエビデンス必須のため、必ずメールあるいはFAXで書面で出すように」と私は高齢社長へ冷たく言い放ったが、彼はしつこく私に電話をかけてきた。
多いときは5分で10回の不在着信があり、私の着信履歴はその高齢者からの電話で埋まっていた。
しばらくすると、私は突然、業務管理部という部署の担当課長と私の部署の課長に呼び出されることになった。
「あなたがこの会社へ金品相当の見返りを要求したことがある、と報告がありました」
そうゆっくりと知らない部署の担当課長は述べた。
なんのことかピンとこずにポカンとする私に
「金品贈与を行わなくなったために契約を切られたのではないか、と先方は言っています」と担当課長は続けた。
ああ、なるほど。くそ。ハメようとしてんなあのジジイ。
私はようやく事態を飲み込めた。
そして彼らに言い放った。
「説明させてください」
と。
〇
あの日、紙袋の下から賄賂が現れたとき、私はすぐに当時の上司に報告を行った。
そして「とりあえず連絡して、受け取れないと返してきたほうがいいな」と言われ、すぐに紙袋のままあの会社へと赴いた。
応対したのは先ほどの女性事務だ。
一応説明はしたものの、いまいち理解できていないようだったので、賄賂品一覧と返品を彼女が受け取る瞬間を写真撮影した。
そして事務所に戻り賄賂品発見から返品に至るまでを全て議事録という形で書面化し、後日社長へ直接それを持ち寄り
そのやりとりの内容でしっかりと、贈与をしておりませんという部分に代表印の捺印をもらった。
「大袈裟ですよー」と社長は笑っていた。
あぶねー。
しっかりエビデンスとっといてよかった。マジであぶねー。
ハニートラップならぬシルバートラップ。あぶねー。
これで証明ができなかったらどうなるのだろうと考えるとゾッとする。
この世は証拠社会。
実弾以上にエビデンスが物を言う。
「向こうが嘘をついてます。この件に関して恥じることは何もありません」
そう言うと担当課長は静かにつぶやく。
「だとしても、問題はそれだけじゃないなこれは」
「何がですか?」
「契約開始から20年。この動き。これはうちの前任者達、受け取ってる可能性高いな」
「・・・ああ」
「悪いけどもうしばらくこの件のヒアリングするよ。あと報告書は出して」
なんで俺が・・・
いったいどこで道を誤ってしまったのだろう。誤ってないけど。
もしもタイムリープができるのであれば、私はどこの時間軸に戻り、このバカげた報告書を提出する悲劇を防ぐことができるのだろうか。
いやどこに戻っても無理だな。
証拠社会であるゆえに書面社会だ。
悪くなくたってなんとなく悪い感じで報告書を出さなくてはならない。
不可避なのだ。