鎌倉殿の13人の義経ロスが私の心を締め付けている。

義経を襲う悲劇についてはあまりにも有名なため、どの作品においてもその最期までが描かれるのはもはや必定であり、視聴者からすれば決まりきった運命であるわけだが、やはりそれを目撃するたびにに毎回毎回とても辛い気持ちになる。

そこで私なりに、壇ノ浦以降の義経の運命を変えるルートを模索してみた。


死のルート分岐点を読み解いていく場合、それでは義経追討宣旨以降で考えてみるとだいぶ厳しい。


本来九州に逃げ延びるのは定石であるが、そこを当然反義経側は警戒し、下関からの出航ルートが潰れてしまう。

南から九州入りするという手があるが、その場合はまず海流の荒い鳴門海峡を渡るリスクを侵して四国へ行き、そこからさらに南に船で渡らねばならない。

鳴門海峡は突破できても四国には鎌倉方の協力一派が多数いるので、生存可能性は限りなく低く難しい。

東日本側は鎌倉の、西日本側は京都の目があるため実質潜伏不可。

中間の中部はそれこそ双方に挟まれるため不可。

やはり庇護の期待できる奥州に行くしなかいのである。


奥州に行くと、そもそも奥州藤原氏攻め自体が絶対に避けられないため、その時点で詰んでしまう。


要は追討宣旨以降の生存は不可なのだ。


そこから逆算してみると、やはり検非違使任命である。



この検非違使ルート回避こそが運命の分岐点だ。



何故検非違使になってしまったのかというと、それは後白河法皇に気に入られたため。
これが頼朝の疑心を加速させてしまうわけである。

気に入られない且つ、頼朝に叛意疑心を抱かせない。

それならばやはり、源氏ヒーローとしての単独入京を防ぐこと。


範頼である。


源範頼が共に入京できれば、その運命は変えられる。
ここから逆算をする。

範頼がなぜ入京しなかったかというと、壇ノ浦で失った三種の神器を探索していてため。

入京するには三種の神器を喪失させなければ良い。

なぜ三種の神器を喪失したかというと、壇ノ浦の源氏猛攻に平氏が一気に打つ手を失ったため。

それならば三種の神器と安徳天皇の入水を防ぎ、それぞれを手にする機会を増やせば良い。



そうなるとつまり…



つまり…壇ノ浦の義経の猛攻を…やめさせれば良いことになる。




なんということだろうか。


壇ノ浦ヒーローの義経を救うためには

壇ノ浦ヒーロー自体を無かったことにしなくてはいけないという結論。

なんという皮肉。裏を返せばあの壇ノ浦ヒーロー誕生の瞬間、義経の運命は決まってしまったということだ。


誉と生を天秤にかけなくてはいけない。なんということだ。


こうして私は、時の矛盾に囚われることとなってしまったのだ。




ということを昨日仕事中ずーっと考えていました。


昨日は仕事、まったくしていません。