鈴木は泥酔していた。

 

酒でふらふらになりながら、「俺は何もないけど・・・」と前置きした上で

 

「友達がさ、自費出版だけど小説家になったんだ。夢をかなえたんだ」

 

と嬉しそうに言った。

 

「・・・自費出版か。すごいな」

 

「でしょう?俺さ、心配してたんだ。あいつが小説家になりたいって言って仕事やめて」

 

「え、脱サラして自費出版したの?」

 

「そうだよ。一時期は食うにも困る状態でふらふらになりながら書いて。それでもあきらめなかったんだなー」

 

「へー・・・」

 

「俺さ、あいつの文章が本になって、それで書店に並んだ時すげえ嬉しかったよ。夢かなえたんだ!って。すげえよ」

 

「ちなみに自費出版っていくらくらいなの?」

 

「なんか出版社もちょっと負担するとかで220万って言ってた」

 

 

220万・・・

 

 

それは夢を叶えた、に該当するのか・・・?

 

 

「無職でどうやって220万も?」

 

「なんかローン組んでもらったんだって。バイト代で返していくって」

 

 

それは夢を叶えた、に該当するのだろうか。

 

正直私は見下していた。

 

 

私も小説家になりたかった。

 

だが自費出版なんて到底考えなかったし、別に脱サラしなくてもその夢は追える。

 

プロ前の人間が脱サラして書く一番の理由は間違いなく時間の確保だが、バイトなんてしたら余計時間はなくなる。

 

むしろマイナスだ。

 

 

しかも自費出版・・・搾取も搾取。いま出版社の重要な稼ぎポイントが自費出版や小説家になるための有料セミナーであることを知らないのだろうか。

 

なんて愚かな。

 

夢を追う奴をバカにするなと言うが、彼はバカだ。

 

出版社からの自費出版しませんか?の営業はご存知の方も多いと思うがかなりしつこい。

 

たいていは賞レースに定期的に応募してまったく結果を出せない人間がターゲットにされる。

 

 

かくいう私もそうだった。

 

だが私と鈴木の友人の違いは、私はそれにのらなかったという点だ。

 

 

彼に言いたい。

 

キミの場合は小説家になったのがすごいのではない。

220万円払ったことがすごいのだ。

 

 

ちなみに俺は160万円って言われたよ。やったー60万勝った。知らんけど。

 

 

そいつは文字通りバカだな。

 

 

そう鈴木に言いたかったが、私はそれを言うことができなかった。

 

 

 

 

鈴木は5年前、学生時代から同じサークル内で付き合っていた嫁がマイホームに男を連れ込み不倫をした。

 

連れ込んだ男も同じ大学で、嫁と同じゼミの男だった。

 

嫁との間に鈴木は一男一女を授かっていたが、いずれも嫁の実家が裕福ということもあり、裁判の末不倫した嫁が引き取ることになった。

 

他人の家庭事情だからと私は首を突っ込まなかった。

 

 

だがしばらくして共通の知人がニヤニヤしながら私に言ったのだ。

 

「鈴木、すげえモラハラで暴力も振るってたんでしょ?それで手切れ金払って別れてもらったんでしょ?子供かわいそうだよな」

 

 

鈴木がそんなことをしないことを私は知っていた。

 

なぜなら彼の両親もまた、父親の暴力で離婚しているからだ。

 

「それ誰が言ってたの?」

 

「嫁と新しい旦那」

 

呆れてモノが言えなかった。

同時に子供を手放さなければならない悔しさで、鈴木が泣いていたのも私は目にしていた。

 

 

「顔がブスな奴は心もブスだな。醜悪だ」

 

 

そう言い返すと「でも悪いのは鈴木だけどな」と共通が言う。

 

私はむなしく、また悲しかった。

 

 

 

 

 

「新しい彼女と付き合ってもう2年だから、そろそろ結婚しようと思うんだ。もう相手も若くないから。はっきりしてあげたいんだ」

 

「おめでとう。応援するよ」

 

「でも悩んでる。子供と別れて5年だ。定期的に会ってるけど・・・やっぱり娘は・・・実の父親が新しく別の家庭をもつことが受入れられない感じ」

 

「え?でもむこう再婚してるんでしょ?」

 

「してないよ。捨てられたから」

 

「どうしようもないな・・・」

 

「で、あの女が言うわけだよ。娘のことを考えて、中学を卒業するまでは結婚するな、って」

 

「ええ・・・娘さんいくついま」

 

「小4」

 

「遠いって・・・」

 

「どうすればいいかな?」

 

「娘のその部分を待つのであれば・・・もっと長いけど18まで待ったほうがいいと思うけど」

 

「でもそしたら彼女は40だ」

 

「しょうがないよこればっかりは。二者択一だよ。分岐点はたくさんあれど、人生で選べる道は一つしかないんだから」

 

「いやー・・・どうしたもんかな」

 

「しかし相変わらず醜悪だなキミの元嫁は。さすがブス。あんなブスとsexすんなよ」

 

「俺もいまは世界で一番信用してないし嫌いだよ」

 

「まあ結婚が全てじゃないさ。間違いなく。人生は冒険や!ってゆたぼんも言ってるし」

 

「ちなみにこないだのサークルの飲み会行った?」

 

「・・・何それ」

 

「そうだよな。呼ばれないよな」

 

「誰が主催したの?」

 

「元嫁らしい。人づてだけど」

 

「え・・・」

 

「お前も俺側だと思われてるから、まあ元嫁主催の回には都合悪くて呼ばれないわな」

 

「おかしくねえか」

 

「俺のせいですまん」

 

「いや・・・だって・・・あのサークル立ち上げたの・・・俺たちじゃん?」

 

「とっくに乗っ取られてたよ」

 

「サークルクラッシャーですら都市伝説だけど・・・乗っ取りって」

 

「すまん」

 

「なんであんなブスなのに」

 

「すまん」

 

「ブス好きなの?」

 

「・・・すまん」

 

「ちなみにいまの彼女は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ブスだ」