「今月中に納品いける?」

 

「今月中ですか?今月中は・・・」

 

「無茶振りなのを承知の上で言うよ?今月中に納品いける?」

 

「厳しいですね」

 

「今月中に納品までいけたら、これから先の仕事、御社に全部出してあげるよ」

 

 

顧客の木村は私の目を見ずに、ペンを回しながらそう伝えた。

 

あきらかに私より年齢が下の若手社員の彼の耳はピアス跡で穴だらけだった。

 

「・・・確認します」

 

「頼みますねー」

 

 

こうして私は彼のために一日中関係各所に連絡を取らねばならなくなった。

 

まるで宮本から君へ、みたいな営業をやらされている。

 

これがもしかしたらステレオタイプの営業職の真骨頂なのかもしれない。

 

下げたくもない頭を下げ、スーツに皺を作り、大きな声を上げ、嫌味をきく。

 

まさに漫画の世界の話だ。

 

 

だが私はそれをしなかった。

 

2社までは連絡をとり、その両社が一もなく二もなく「今月は無理ですよ」と言ってきたので、これはダメだと思った。

 

 

私は電話を取り、ピアス穴の目立つ彼に伝えた。

 

「すみません木村さん。やはり月内の納品は無理でした」

 

 

「・・・早くないですか?もうちょっと粘れません」

 

「いや厳しいです・・・」

 

 

「残念だなー」

 

 

そう言って木村は電話を切った。

 

 

隣でこれをきいていた武田が私に言う。

 

「それってもっと粘ればあとの仕事全部ウチが独占できるんでしょ?俺が探してあげようか?」

 

「いやいいっすよ。面倒ですし」

 

「会社の利益を考えようよ。もっと仕事に集中しなよ。頑張りなよ」

 

「いやあ」

 

「今からでも遅くないから!やるよ?」

 

「案件まわしますか?」

 

「いやキミの顧客でしょ?責任感持ってよ」

 

 

武田さん。

 

あんなピアス穴の若者が社内で今後全部ウチに仕事まわせるだけの決裁権なんて持ってるわけないじゃないっすか。

 

だいたいなんです?粘れって。集中して取り組めって。

 

俺、武田さんより営業成績全然上ですよね。

 

それで責任感持てって言う相手違うでしょ。

 

俺はね、生きている上で仕事よりも興味あることがたくさんあってね。

 

で、あまった部分に生活の手段だって思ってる仕事がこまごまと色々あってね。

 

だから今回の木村の件も俺にとってはその色々ある仕事の中の1つに過ぎないんですよ。

 

そんなところに武田さんが感情剥き出しで懸命になっちゃってていいのかなって思いますよ。

 

 

なーんてことは当然本人に言うことができず、今日も私は武田に言うのだ。

 

「そうですね。仰る通り。もう少し頑張ります」

 

 

そして今日も私は、定時で帰るのだった。