ワンナイトモーニングという漫画が面白くて好きだ。

個人的には大学時代に毎日何度も何度も読み返したモテキ以来の面白さを感じている。


男女の営みの後の朝食に焦点をあてた作品だが、特に私は蕎麦に関する話が好きだ。


もとい、蕎麦が好きだ。


子供の頃からこれでもかと慣れ親しんだ食べ物であるにも関わらず、いまでもほぼ毎日のように蕎麦食いたいなあとなるのだからやはり私は蕎麦が好きだ。


蕎麦だけなら山ほど無限に食べれるとすら思う。



だが、蕎麦に関してこれと言って大きな思い出がない。

それこそ例えばワンナイトを経験した女性と朝一緒に食べたとか、初恋の相手が好きだった食べ物が蕎麦だったとか、そういう思い出があればより蕎麦への思いは加速したのだろう。

同時に私は純豆腐がとにかくめちゃくちゃ好きで、好きで好きでたまらないのだが、この純豆腐に関してはちゃんと思い出深い経験が多々ある。


だが蕎麦にはない。

強いてあげるならば、大好きな森見登美彦の著書、聖なる怠け者の冒険にて登場する無間蕎麦に思いを馳せるくらいだ。



にもかかわらず、蕎麦はうまい。


言われてみれば母も蕎麦が好きだ。


先日実家に帰った時に、テレビで蕎麦好き芸能人が蕎麦好きが高じて手打ち蕎麦まで極めようとしている映像を二人でみた。

その際母は、「蕎麦めちゃくちゃ好きだけど、自分で蕎麦打とうとまでするなんて正気じゃないよね。外で買った蕎麦もうまいし」と言っていた。


まったくその通りだと思う。


この母あっての私だとすら思った。


そして、思い返してみれば、小さい頃とにかく外食で私に蕎麦を食べさせたのは母だった。



思い出がより食事の旨味を際立たせるというのであれば、蕎麦は母が思い出なのかもしれない。



ようは私はマザコンなのだ。