顧客のひとつが反社会的勢力であるということがほぼ確定した。
以前から狭い部屋に30人ものツーブロックで高級スーツの男性達が寿司詰め状態で働いていたし、
商談で入室するとその30人が一斉にPCを閉じ、何かが記載されているホワイトボードを裏返しにして隠す光景は異様そのものであった。
数日前、地方県警から私に連絡があった。
「捜査紹介状を出すので、その顧客の調査に協力してほしい」
とのものだった。
全面的に協力する姿勢を示していると、今度は警視庁本庁から連絡があり、
「捜査紹介状を出すので、その顧客の調査に協力してほしい」
と言ってきた。
「先日、地方県警からも同様の連絡がありましたが、同じ件ですか?」
と尋ねると、それは把握していないという。
どうやら地方でマークされていた会社が東京に進出してきたようだった。
「詳細は伏せますが、事件性があります」
と警察は言ってきた。
この瞬間、紛う事なき反社会勢力であることを、私は確信していた。
×××××
「そういうことであるならば、私も協力しますよ」
協力会社の黒崎は言った。
以前の日記にも登場させたことがあるが、この黒崎はとにかく調子こそ良いものの仕事ができない。
それでも、協力会社として当該顧客と接触する可能性がある以上、彼にそこが反社であることを伝える義務が私にはあった。
「ですので黒崎さん。入室時は一応注意してください。何かされるということはないと思いますが一応」
「いやね、私も経験がありますよ。わかりました。協力しますから」
「協力と言われましても、何もないですよ?」
「松岡さんはわかってらっしゃらない。結構大変なんですよ警察対応。まあまかせてください」
あきらかにこの事案に対し黒崎はテンションがあがっていた。
それはもう野次馬そのものであったが、彼はとにかく任せてくださいという。
2、3日して、黒崎は私に電話をしてきた。
「松岡さん。これからメールいれますのでみてください」
「??なんの用件です?」
「ほら。例の反社の」
そう言われて送られてきたメールに目を通すと、そこには動画が添付されていた。
30MB・・・何を送ってきたんだ・・・
私は動画を確認した。
そこには、当該テナントが勤務中の姿が映し出されていた。
いつも隠されていたホワイトボードには【必達、300K】の文字がかかれ、各人のノルマ金額が乱雑に記載されていた。
また、【とにかくTEL】という到底いまの時代目にすることのない文字も踊る。
ツーブロックの高級スーツ達の顔もばっちりと映っている。
「黒崎さん、これは?」
「どうです?ちゃんとひとりひとりの顔が見えるでしょう?これ警察に提出できますよ」
「はあ」
「絶対重要ですから!これ」
正義を背負いテンションの高い黒崎に、私は言い放った。
「黒崎さん、これどうやってとりました?」
「EVの中から既に動画まわしまして。入室と同時に映るように」
「許可とってます?」
「・・・いえ」
「これは盗撮です」
「いやまあ」
「だめでしょ・・・反社でもそんなことしちゃ・・・盗撮ですよこれ」
「でも必要かと」
「とにかくこれはダメです。すぐ消してください」
私は電話を切り、呆れながらため息をついた。
何を反社会的勢力相手に犯罪で挑んでんねん・・・
ハムラビやめろよ・・・何してんだよ。
こんなひとまわりもふたまわりも違うオッサンに私はいちから「勝手にカメラで他人を映すのはダメだよ」を教えなくてはならない。
いやまあテンションあがるのはわかるけども。
送られてきたメールを削除し、私はゆっくりと動画を思い返した。
・・・すごく良く撮れていたな。
どうやら私は、黒崎の変な適性を、みつけてしまったのかもしれない。