昨日の18時。
私はまるで他人の幸せまでも吹き消してしまうのではないかというほどの大きな大きな溜息をついていた。
「本当に申し訳ありません」
黒崎はこの日何回目なのかわからないその言葉を、電話口で私に放った。
何が起きたかというと、1ヶ月前から協力会社の担当者である黒崎に依頼しておいた資料と見積の提出期限がまさに今日だったわけだが、黒崎から出されたそれの内容は誤りだらけで到底受け取るわけにはいかないものだったのだ。
私は私でそれを集計し、編集し、その日中に顧客に提出しなければならない。
だがそれに至ることがまったくできないくらい、黒崎からの提出物はひどいものだった。
2週間前にリマインドをかけ、1週間前からはいつ提出されるかを確認し続けていたが、一日、一日と経つたびに「ごめんなさい。明日まで待ってください」を黒崎は繰り返してきた。
そして昨日、「朝イチで出します」は「午前中までに」に変化し、「昼過ぎには…」「夕方になります…」を経て、18時についに初めて私のもとへ出されることになった。
それはそれはひどかった。
誤字脱字はもちろん、必要事項の記載漏れや計算違いによる数字のズレ、果ては大事なエビデンスになるべき資料は「ありません」とこの時間になって手のひら返しまでついてくる。
ひとつひとつ修正を頼めば今日中に終わるかわからない状況に、私はやむなく黒崎に電話をつなぎながら、全ての確認と修正を行っていくことにした。
その全てが終わったとき、時刻は既に23時だった。
「なんとか間に合ってよかったです」
と笑う黒崎に
「黒崎さん、今日中に提出で23時に提出するのはもうほとんど今日中ではないですよ。普通23時まで朝から働いて待ってくれてると思いますか?」
と苦言を呈すると、彼はまた「申し訳ありません」の更新数を増やしたのだった。
心底呆れていた。
「黒崎さん。僕より目上の方に対してこのようなことを申し上げるのは恐縮なのですが、ちょっとひどすぎます。確認も何もできてないものを提出してくるのは納期を守れていないのと同じです」
「申し訳ありません」
黒崎は私より一回り、いや二回りに近い年上だ。
なのに年齢を感じさせないフレンドリーさで私とも仕事をし、人柄も良かった。
良い人なのはわかる。
けれども危険さは感じていた。
過去、歴代担当たちに対してそうしてきたように、黒崎は私にも接待を持ち掛けてきた。
趣味はなんですか?
お酒は好きですか?
女の子は好きですか?
ことあるごとに問い掛けてくるので、その全てを受けて私は「接待は受けません」とハッキリNOをつきつけてきた。
もちろん私は趣味は多いし、お酒も好きだし、女の子だって大好きだ。
けれども接待を受けることによって、何か見せるべき部分でないところを、商売相手に見せてしまうのはとてもおそろしく、リスキーに思えた。
その結果として、この苦言がある。
恐らく接待を受けていればこんなアホみたいなミスでも「まあいいっすよ」となってしまっていたはずだ。
そしてそれこそがここまでの彼の仕事スタイルなのだろう。はぁ…いや気持ちはわかるけどもうさすがに切り替えようぜいまの時代。
「先方にはもう私から謝って来週提出にしてもらっています。なのでもう一回、ちゃんと全部確認し直して間違えてるところと不足個所を修正して出してください」
「わかりました。申し訳ありません」
「いつだせます?」
「月曜日午前中には」
「わかりました。お願いします」
「申し訳ありません。やっぱり月曜日夕方まででいいですか?」
「…わかりました」
「申し訳ありません」
何回言うんだよ…
黒崎にもたくさんの経験があり、守るものがある。
黒崎を慕う人もきっといる。
だが私は、黒崎くらいの年齢になって、二回り下の人間にこういう苦言を呈されるのはなんとか避けたいなと思ったのだった。
私はまるで他人の幸せまでも吹き消してしまうのではないかというほどの大きな大きな溜息をついていた。
「本当に申し訳ありません」
黒崎はこの日何回目なのかわからないその言葉を、電話口で私に放った。
何が起きたかというと、1ヶ月前から協力会社の担当者である黒崎に依頼しておいた資料と見積の提出期限がまさに今日だったわけだが、黒崎から出されたそれの内容は誤りだらけで到底受け取るわけにはいかないものだったのだ。
私は私でそれを集計し、編集し、その日中に顧客に提出しなければならない。
だがそれに至ることがまったくできないくらい、黒崎からの提出物はひどいものだった。
2週間前にリマインドをかけ、1週間前からはいつ提出されるかを確認し続けていたが、一日、一日と経つたびに「ごめんなさい。明日まで待ってください」を黒崎は繰り返してきた。
そして昨日、「朝イチで出します」は「午前中までに」に変化し、「昼過ぎには…」「夕方になります…」を経て、18時についに初めて私のもとへ出されることになった。
それはそれはひどかった。
誤字脱字はもちろん、必要事項の記載漏れや計算違いによる数字のズレ、果ては大事なエビデンスになるべき資料は「ありません」とこの時間になって手のひら返しまでついてくる。
ひとつひとつ修正を頼めば今日中に終わるかわからない状況に、私はやむなく黒崎に電話をつなぎながら、全ての確認と修正を行っていくことにした。
その全てが終わったとき、時刻は既に23時だった。
「なんとか間に合ってよかったです」
と笑う黒崎に
「黒崎さん、今日中に提出で23時に提出するのはもうほとんど今日中ではないですよ。普通23時まで朝から働いて待ってくれてると思いますか?」
と苦言を呈すると、彼はまた「申し訳ありません」の更新数を増やしたのだった。
心底呆れていた。
「黒崎さん。僕より目上の方に対してこのようなことを申し上げるのは恐縮なのですが、ちょっとひどすぎます。確認も何もできてないものを提出してくるのは納期を守れていないのと同じです」
「申し訳ありません」
黒崎は私より一回り、いや二回りに近い年上だ。
なのに年齢を感じさせないフレンドリーさで私とも仕事をし、人柄も良かった。
良い人なのはわかる。
けれども危険さは感じていた。
過去、歴代担当たちに対してそうしてきたように、黒崎は私にも接待を持ち掛けてきた。
趣味はなんですか?
お酒は好きですか?
女の子は好きですか?
ことあるごとに問い掛けてくるので、その全てを受けて私は「接待は受けません」とハッキリNOをつきつけてきた。
もちろん私は趣味は多いし、お酒も好きだし、女の子だって大好きだ。
けれども接待を受けることによって、何か見せるべき部分でないところを、商売相手に見せてしまうのはとてもおそろしく、リスキーに思えた。
その結果として、この苦言がある。
恐らく接待を受けていればこんなアホみたいなミスでも「まあいいっすよ」となってしまっていたはずだ。
そしてそれこそがここまでの彼の仕事スタイルなのだろう。はぁ…いや気持ちはわかるけどもうさすがに切り替えようぜいまの時代。
「先方にはもう私から謝って来週提出にしてもらっています。なのでもう一回、ちゃんと全部確認し直して間違えてるところと不足個所を修正して出してください」
「わかりました。申し訳ありません」
「いつだせます?」
「月曜日午前中には」
「わかりました。お願いします」
「申し訳ありません。やっぱり月曜日夕方まででいいですか?」
「…わかりました」
「申し訳ありません」
何回言うんだよ…
黒崎にもたくさんの経験があり、守るものがある。
黒崎を慕う人もきっといる。
だが私は、黒崎くらいの年齢になって、二回り下の人間にこういう苦言を呈されるのはなんとか避けたいなと思ったのだった。