マッチングアプリを始めるのはいいものの、よくて2週間程度でアプリをアンインストールすることになってしまう。


誰かの写真を気兼ねなく右に左に吹き飛ばしていくのは簡単で悪い気もしないが、いざマッチング!となるとそこからの諸々を想定し、一気に面倒くさくなってしまうことがあるのは、きっと私だけではないはずだ。


はじめましてーやら趣味はなんですかーやらお見合いのようなやりとりをするのもひどくしんどいし、万が一「会いましょう」となってもいざその日の

手前になってっくると「えー・・・ほんとに会わなきゃならないの・・・」と五月病の最終進化系のような面倒臭さが身体中を包むことになる。


もともと私はルックス、生活水準ともにスペックが悪いため、マッチングの機会自体が貴重で、その貴重さを意識すればするほど生まれ持った怠惰が存在感をはっきするシステムだ。


シンプルに言えば多分向いていないのだろう。


でもこの歳になってしまうと出会いなんかそうそう訪れることはないので、結局何度もアンインストールしたアプリを復活させるという不毛の螺旋に私は囚われている。



今日もまた、マッチングした相手と当たり障りのない会話をし、紳士を心掛けた上で、彼女がなんらかの商売目的あるいは宗教・マルチの勧誘でないかの判断をしなくてはならない。


たまに仕事よりも重労働に感じる場合すらある。






10年程前から私は、あるライングループに所属している。


メンバーは私を含めて4人で、結成当時は30代男性が2名、40代男性が1名と20代の私の男臭いグループだった。


そのトーク内容は下世話で、やれ誰と寝ただの誰のゴシップを持っているだの誰がかわいいだのとまるでクラスに友達のいない中学生が同じような境遇の他校の生徒と仲良くなったような、とにかく第三者には見せたくないような恥ずかしいものであった。


けれども10年の時を経て、最年少の私ですら30代中盤。最年長者は50代中盤になり、トーク量はみるみる減っていた。


それはそうだ。年齢を重ねれば重ねるほど愚かさに気付くし、そもそも10年もトークするのは飽きる。



だが、現40代男性になった当時30代男性の1名は何も変わらなかった。


毎日グループに大喜利を投下し、セルフで解答して、他のレスポンスが無いと「つまわなかったですね。ごめんなさい。トーク消します」と落ち込んでしまうので、都度「そんなことないですよ。面白かったです」と返信しなくてはならない。わずらわしくて仕方ない。


電池も消耗するし時間は浪費される。



そんな彼が数年前からマッチングアプリを始め、そのやりとりを全てライン上に公開し、「この後どうしたら良いと思う?」を繰り返してくるようになった。


私達他3名は彼がマッチングした相手の顔写真をみては「かわいいー」「キャラ濃いー」「ないわー」とリアクションし、「このあとはどうするつもりなんですか」と彼の攻略プランを訪ね、晒される彼の自称面白やりとりのスクショに「ウケるー」をし、最終的に「続報楽しみです!」をしなくてはならない。


ここまでパッケージでやらなければ「すみません。あまり需要ないですよね。ごめんなさい。トーク消します」が発動してしまうので、細心の注意も払っておかねばならない。



なんでこんなことせにゃならんのだ。


こっちだって自分の為にマッチングアプリをやらなくてはならないのに、コイツの相談で時間も精神力も削られてしまう。


結果として、どんなに私がマッチできたとしても、面倒くせーと勝手になってそれまでの全てが水疱に帰す。キス。


なんのためにやっているのか。



今日もまた、グループラインは稼働している。



これは私の推察なのだが、おそらく他3人もうんざりしているのだと思う。


だがそもそも関係性は希薄なので、自分自身が火種になることを嫌い、自分を除く2人のうちどちらかの噴火をただただ待っているのではなかろうか。


そのため誰かが噴火するまでは、粛々と業務をこなす。そんな状況におちいっている。



今日彼は歯医者とマッチしたそうだ。


でも地元が近いし、住んでるところも近いから、リアルな知り合いの繋がりがあるかもしれない。それはやばい。


みんな、どう思う?だそうだ。



どおおおおおおでも良いわ。マジで興味無いわ。


であるとしても、私は変わらず返信をする。


「それは注意ですね。ちょっと警戒したほうが良いのでは?」



すると彼は答える。



「うーん。でも可能性は低そうだし。行ってみるわ!」



なら訊くな!俺たちに相談すんな!







「今日は暇だからよかったら一緒に飲みにいかない?」


「いいですよー。また上野にしますか」



先のグループラインの彼はこういってたまに私を飲みに誘うことがある。



「松岡くんはマッチングアプリの進展どう?」


「いやそれがなんかいきなり面倒になったりで。まったく戦果は無いですよ」


「なら僕がマッチした相手二人呼んで、4人で飲もうよ」



こうして何回か楽しい飲み会を開いてもらったことも何度もある。



基本的にはすごく良い人だ。そして私も彼を嫌いではない。



彼の恋人も、いままで3人ほど紹介してもらった。


1人は50過ぎのおばちゃんで、もう1人は私と同年代の超美女で、もう1人も同年代だがサブカルクソ女だった。



そのいずれとも、彼は別れた。



50過ぎのおばちゃんとサブカルクソ女(尾形という名前で、自分のことを尾形世界観と名乗っていた)はどうだって良いが、もう1人の超美人を失ったのは私としても悲しい。



「なんで別れたんですか?」


「ケンカになっちゃって」



彼は優しい。


しかし私は知っている。



彼は恋人に、暴力をふるっている。ガチで。



「学生時代に担任から、同じクラスの女子への態度がちょっとおかしいって言われたんだ俺。女子を見下してるというレベルじゃなく、人間として扱ってないんだって」


「それは精神病なのでは?」



「松岡くんも、同じだよね。似てるよだいぶ」



勘弁してくれ。

俺は暴力も罵倒もしたことがない。女子を人間以下だなんて蔑んだことなんて一度もない。

あんたが怖くてなんとなく同意しているだけだ。




また彼からラインがくる。


「もうこの子と付き合う直前な感じなんだけどどう思う?もういっちゃっていいかな?」


私はそれに無表情で返信する。


「おおーいいですね。もうそこは空気にまかせて、いっちゃっていいんじゃないですか」



きっとその女性は彼と付き合うだろう。


そして暴力にさらされることになるだろう。



では私がやっていることはなんだ。

この自分のことしか考えていない無機質なレスポンスはなんだ。



犯罪の片棒を担いでしまっているのではないか。



昨今はそう思うことすら、たまにある。