隣席の木下の妊娠が確定したことにより、私が希少な飲み仲間を失ってしまったことは以前も記したと思う。
「木下さんを失ったら僕は誰と飲みに行けばいいんですか」
そう言って不貞腐れる私に、あれから数日後、木下が『朗報ですよ』を持ち掛けてきた。
『私がいなくても寂しくならないよう、なんと松岡さんの新たな飲み仲間を見つけました』
木下はすぐにどうぞ!と背後に手をやると、『よろしくお願いします、兄さん』と調子よく若い女の子が現れた。
・・・川崎だった。
「いや川崎くんじゃん・・・」
『不満ですか?』
川崎は以前も私の日記に登場したことがある。
端的に言えば後輩社員なのだが、なぜか私との上下関係はフラットに近い。
「いやだってキミ、ゲロ吐くじゃん」
『それセクハラですから一応』
川崎はゲロリセットできる人間だ。
吐くは一時の恥、吐かぬは地獄の二日酔いとはよく言ったものだが、この川崎はゲロを吐くという決断をくだせる側なのだ。
『松岡さん、寂しいんでしょう?私が付き合いますよ』
「それはありがたいけど、良いの?」
『何がですか?』
「二人で飲むんだよ?」
『そういうの気にするタイプですか?』
「いや気まずいじゃん。あんまり話すこともないし・・・」
『いやそれこちら側が裏で本来放つセリフですから。何堂々と表で撃ってるんですか』
いいなあ、川崎。
テンポ良く突っ込んでくるじゃん。いいなあ。
×××
先日、テレビ東京でドラマ‟今夜はコの字で“を観た。
私はこのドラマのファンであるのだが、season2へと突入してから、主人公の吉岡くんに新たに海外帰りの美人後輩ができた。
この後輩が非常に厄介で、能力は高いのだがプライドも高い上負けん気も強く、一話目から吉岡くんに反発し、『頼りない』と切り捨てていた。
迎えた先週の回では、吉岡くんと客先の商談の場に同行し、勝手に自身のプレゼン資料をいきなり提出。
もともと能力が高いためそのプレゼンはうまくいくのだが、事前になんの相談もなく行ったその仕事は、吉岡くんを大いに悩ませた。
帰り道に吉岡くんは、彼女を叱って対立するべきか、それとも何も言わずに後腐れなく日々を過ごすべきかの決断を迫られた。
私だったら一方的に彼女を責め立てただろう。それはそれは感情的に。
「なんなのもう!勝手にするってどういうこと!誰もキミを守ってくれなくなるよ!マジなんなの!もういいよ!俺帰る!」
みたいな感じで。
しかし、吉岡くんの決断はそのいずれでもなかった。
「よかったらこの後、飲みにいかない?」
それを訊いた彼女は『それは仕事ですか?それとも仕事外の飲みの誘いですか?』と尋ねる。
おそるおそる「仕事外の誘いだよ」と吉岡くんが言うと、彼女は険しかった顔を一瞬で笑顔に変え、
『それなら行きます』と答えた。
そして飲みの席で彼女のほうから自発的に『事前に相談せずにごめんなさい』と謝ったのだ。
良い後輩やないか・・・
同時に、あの場面で「よかったらこの後、飲みに行かない?」と誘えた吉岡くんは、今の御時勢でいけば完璧なのではなかろうか。
あれこそが先輩のあるべき姿だ。
×××
「じゃあ今後は川崎くんが僕に付き合ってくれるわけね」
『もちろんですよ』
「ありがとうね。とても嬉しいよ」
『ただし仕事の話は無しですよ』
「はい」
『恋愛のえぐいのも無しです。彼氏いるので』
「はい」
『じゃあいつでも誘ってください』
ああ。ベストだ。
飲みたいときに気兼ねなく誘える相手。
ベストだ。貴重すぎる。ぶっちゃけこの年齢になってくるとセフレなんかよりも全然貴重だ。
私は彼女に向って言った。
「さっそくだけど、今日この後どう?飲もうよさっそく」
『すみません。予定があるので無理です』
無理やないか。
断っとるやないか。
全然気兼ねるレベルでドライに断るやないか。
なんてことだ。ただ恥をかいただけじゃないか。
「・・・じゃあ今度頼むよ」
『もちろんですよ!』
私にはなんとなくわかっている。
きっとまた、私が彼女を飲みに誘ったときには
『すみません。予定があるので無理です』
を食らうことになる。
急募:気兼ねなく飲みに行ける人※ただし若い女性のみ
宜しくお願い申し上げます。
「木下さんを失ったら僕は誰と飲みに行けばいいんですか」
そう言って不貞腐れる私に、あれから数日後、木下が『朗報ですよ』を持ち掛けてきた。
『私がいなくても寂しくならないよう、なんと松岡さんの新たな飲み仲間を見つけました』
木下はすぐにどうぞ!と背後に手をやると、『よろしくお願いします、兄さん』と調子よく若い女の子が現れた。
・・・川崎だった。
「いや川崎くんじゃん・・・」
『不満ですか?』
川崎は以前も私の日記に登場したことがある。
端的に言えば後輩社員なのだが、なぜか私との上下関係はフラットに近い。
「いやだってキミ、ゲロ吐くじゃん」
『それセクハラですから一応』
川崎はゲロリセットできる人間だ。
吐くは一時の恥、吐かぬは地獄の二日酔いとはよく言ったものだが、この川崎はゲロを吐くという決断をくだせる側なのだ。
『松岡さん、寂しいんでしょう?私が付き合いますよ』
「それはありがたいけど、良いの?」
『何がですか?』
「二人で飲むんだよ?」
『そういうの気にするタイプですか?』
「いや気まずいじゃん。あんまり話すこともないし・・・」
『いやそれこちら側が裏で本来放つセリフですから。何堂々と表で撃ってるんですか』
いいなあ、川崎。
テンポ良く突っ込んでくるじゃん。いいなあ。
×××
先日、テレビ東京でドラマ‟今夜はコの字で“を観た。
私はこのドラマのファンであるのだが、season2へと突入してから、主人公の吉岡くんに新たに海外帰りの美人後輩ができた。
この後輩が非常に厄介で、能力は高いのだがプライドも高い上負けん気も強く、一話目から吉岡くんに反発し、『頼りない』と切り捨てていた。
迎えた先週の回では、吉岡くんと客先の商談の場に同行し、勝手に自身のプレゼン資料をいきなり提出。
もともと能力が高いためそのプレゼンはうまくいくのだが、事前になんの相談もなく行ったその仕事は、吉岡くんを大いに悩ませた。
帰り道に吉岡くんは、彼女を叱って対立するべきか、それとも何も言わずに後腐れなく日々を過ごすべきかの決断を迫られた。
私だったら一方的に彼女を責め立てただろう。それはそれは感情的に。
「なんなのもう!勝手にするってどういうこと!誰もキミを守ってくれなくなるよ!マジなんなの!もういいよ!俺帰る!」
みたいな感じで。
しかし、吉岡くんの決断はそのいずれでもなかった。
「よかったらこの後、飲みにいかない?」
それを訊いた彼女は『それは仕事ですか?それとも仕事外の飲みの誘いですか?』と尋ねる。
おそるおそる「仕事外の誘いだよ」と吉岡くんが言うと、彼女は険しかった顔を一瞬で笑顔に変え、
『それなら行きます』と答えた。
そして飲みの席で彼女のほうから自発的に『事前に相談せずにごめんなさい』と謝ったのだ。
良い後輩やないか・・・
同時に、あの場面で「よかったらこの後、飲みに行かない?」と誘えた吉岡くんは、今の御時勢でいけば完璧なのではなかろうか。
あれこそが先輩のあるべき姿だ。
×××
「じゃあ今後は川崎くんが僕に付き合ってくれるわけね」
『もちろんですよ』
「ありがとうね。とても嬉しいよ」
『ただし仕事の話は無しですよ』
「はい」
『恋愛のえぐいのも無しです。彼氏いるので』
「はい」
『じゃあいつでも誘ってください』
ああ。ベストだ。
飲みたいときに気兼ねなく誘える相手。
ベストだ。貴重すぎる。ぶっちゃけこの年齢になってくるとセフレなんかよりも全然貴重だ。
私は彼女に向って言った。
「さっそくだけど、今日この後どう?飲もうよさっそく」
『すみません。予定があるので無理です』
無理やないか。
断っとるやないか。
全然気兼ねるレベルでドライに断るやないか。
なんてことだ。ただ恥をかいただけじゃないか。
「・・・じゃあ今度頼むよ」
『もちろんですよ!』
私にはなんとなくわかっている。
きっとまた、私が彼女を飲みに誘ったときには
『すみません。予定があるので無理です』
を食らうことになる。
急募:気兼ねなく飲みに行ける人※ただし若い女性のみ
宜しくお願い申し上げます。