まるで記憶の一部を何かの代償に奪われたような感覚だ。


かつて深く使用していたSNSが突然なんの脈絡もなく閉鎖された。


これにより私が投稿した2014年から2015年の1年間の日記が完全に消失してしまった。


・・・バックアップをとっておくべきだった。


その日常は特に面白味はない。なんならその1年間もあまりにも漠然と過ごしてしまっていたのでよく覚えていない。


だが、かけがえのないものではあった。



SNSの管理人の福元翔子さんに

『私SNSやってるから入会しなよ。会員制で定期的にオフ会という名の飲み会があるから、それに出るだけでいいから』

と言われ、参加してからというもの、私はたくさんの出逢いを経た。


言ってしまえば参加者のほとんどが自称半グレのフリーターであり、オフ会はほぼ武勇伝百物語だ。


やれ歯ブラシをアナルに入れるだ、やれヤクザとケンカになっただの、男性参加者はほとんど地獄であった。


けれどもそこで出会った平野真由美との恋愛は本物だった。


何度も机の下で私の手を握り、何度も『今日は帰らないで』と私の携帯を取り上げ、何度も『ねえ私の目を見て』と囁く彼女に

私はメロメロにされた。


特に男女2人ずつでいった深夜3時の歌舞伎町コマ劇場前のボーリング場で、他の二人がボールを投げたり、スコアに夢中になるたびに隠れてキスをしたのはいまでも灌漑深く、思い出すだけで勃起もする。

彼女の肉体は爆弾だった。

吸いつくようなやや褐色な肌と旺盛な性欲が、私を彼女に依存させた。


また、彼女をナンパしてきた男を、言葉巧みに誘導し、単独男性しかいないハプニングバーに突き飛ばした上で、激怒する彼から歌舞伎町を二人で逃げたあの日は紛れもなく青春であった。



しかし楽しい日々は続かなかった。



何があったのかというと、根本的な原因は私が、彼女との逢瀬を逐一詳細に、なんなら3割程度盛って、全部日記としてそのSNSに投稿したことによる。


彼女は『もう、書かないでよ』と、どちらかというと私を小説家のように扱ったためそれは満たされたが、周りはそれを許さなかった。


会員の一人で古参重鎮男は、実はこの平野真由美にもう何年も前から知り合いで惚れており、彼女が高校生、大学生、そしてこの時間軸に相当する社会人なり立ての現在まで、彼は彼女に愛を告白し、「お前が成長するまで手は出さない。でも愛している」と述べ続けていた。


それをまったく知らない私が、、、、


あろうことか赤裸々に彼女との関係を日記で投稿し続けてしまったのだ。しかも3割増しの物語で。



何も知らずに定例飲み会に参加した私を、自称半グレのファミレスバイト中年、自称半グレのタクシー運転手、自称半グレの銀だこ店員、自称高学歴の銀だこ彼女が取り囲む。


「どんな気持ちであれを書いているんだ」

「最低なやつだ」

「友達を裏切る奴は嫌いだ」

『この低学歴』

「あいつの気持ち、わかってやってんのか」


いま思えばこのフリーター共に殺されるかもしれない状況だ。


けれども当時尖っていた私は酒に酔っていたのもあり

「でも先に誘ってきたのは彼女ですよ」

と宣った。


一気に場のボルテージが最高潮に達するのがわかった。


その刹那、抜群のタイミングで『待った!』と管理人の福元さんが私を外に連れ出した。



そして彼女は私に

『もう飲み会に参加はしないで。それから日記はもう書かないでほしい。こうなってごめん』

と告げた。


以来、私はそのSNSで日記を書けなくなった。



×××××



それからしばらくも平野真由美とは会っていた。

けれどもある日彼女に高級レストランでの食事に誘われ、その直前に私が日高屋でラーメンを食べて遅刻したので、彼女は大激怒し

そこから彼女は私と遊ぶことはなくなった。



いまでも彼女を思い出す。


興奮する肉体、日々。


その瞬間に戻るために、私はその赤裸々日記を読むためにSNSに何度も舞い戻り、自身の日記を読んで思い出し、たまに自慰をした。


自分の日記で抜く。


自惚れが過ぎるのではないか。ああ自分のこと大好き。



2016年頃から誰も日記を投稿しなくなったそのSNSは、存続していること自体がもしかしたら不思議なことだったのかもしれないが

ついに幕を閉じることになった。


平野真由美にはfacebookで友達申請をしたが、3年間なんの音沙汰もないまま、いつの間にか彼女のページにアクセスできなくなってしまったいた。


これはブロックされたのだろう。彼女の人生から。



もしかしたら、とても幸せな生活で、過去を必要としない日常を送っているのかもしれない。

素晴らしいことだし、そうであるべきだ。


それに対して私は何も思うところはない。


別に彼女とまた会いたい、という感情もない。


でもさあ・・・


自分の日記を読み返して悦に浸ることくらいは許してくれたっていいじゃないか神よ。


あんまりだよ。



さようなら。


私はそんな臭い言葉をつぶやくことなく、静かにブックマークを削除した。


これで、おしまい。






ちなみに私は、福元さんとも1度だけヤッた。


しかし、彼女の肉体に物語はなく、日記にすることもなかった。


つまらない女だった。