「あのオッさんも寂しい人なんだよ。小中高大ずっと男子校でさ。出会いどころか女を目にしたことすらなかったんだ」
「でも奥さん綺麗な方じゃないですか。写真で見たけど」
「その奥さんも弟子と浮気してるけどな」
「え!?弟子って、、、え、マジですか?」
「奈良橋さんが言ってた。先生も薄々気付いてるってさ。でも言えないんだよな。捨てられたらそれで終わりだから」
「マジすか…えー…」
「ゆずの夏色って曲あるだろ?」
「はい。誰もが知ってる名曲の」
「あのオッさんは夏色歌えないんだよ。歌詞に嫉妬するから。自分は学生時代、女の子と自転車に二人乗りしたこともないし、夜の海で花火もしたこともない。そもそも夏も冬もひとりだ。多分駐車場でネコがあくびしてるのもみたことないんじゃないか?」
「いやいや、歌は歌ですよ。そりゃ僕だって学生時代はモテなかったから、たとえば青春活劇!なんて謳われたら歌も映画も小説もちょっとしんどいですよ」
「そんなのと格が違うよ。見たろ?あのオッさん。絶対納得してないのに文句どころかこっちの目すら見れない。ずっと不満そうな顔してぶつぶつ言って。ありがとうございましたすら言えなかったろ?今頃奈良橋に愚痴ってるか、Twitterに嘘松ツイートでもしてるんじゃないか?」
「あ、でも石井さん。あの人でも夏色歌える部分ありますよ」
「え?いきなり何?」
「たしかに夏色は青春に溢れたとにかく疾走感のある曲です。この長い長い下り坂をキミを自転車の後ろに乗せてブレーキいっぱい握りしめてゆっくりゆっくり下ってく。こんなの神に選ばれし者にのみ許された青春ですよ」
「そうだな。それに反面あの奥さんはお前の言うところの神に選ばれし者だろう。自転車の二人乗りなんてしょっちゅうだ。いいよな」
「あー、それで歌詞に嫉妬ってことですか。きついですね。でも違うんですよ。この曲の2番の一部分、ここだけはそれまでの若い疾走感が突然なくなり、何かにひっかかったかのように立ち止まる。青春が嘘かのように、深い夜に主人公が飲み込まれて、それを受け入れる。孤独なんですよ」
「どんな歌詞だっけ?」
「真夏の夜の波の音は、不思議なほど心静かになる。少しだけ全て忘れて、波の音の中、包み込まれていく」
「あー、なんとなく…でもその後どうなるんだよ」
「この細い細い裏道を抜けて、誰もいない大きな夜の海見ながら、線香花火に二人で、ゆっくりゆっくり火をつける」
「無理無理無理。あのオッさんが女と線香花火なんかやったことないだろ」
「でもあの奥さん、周りの目がなければちゃっかり線香花火くらい付き合ってくれそうですよ」
「あー、お前面白いこと言うね」
「あの曲で大事なのは主人公じゃないんです。実は相手の女の子の表情。どんな表情してるのかを感じさせる描写がない。あくまで主人公のこうであってほしい、という歌なんです。だから女の子も別で遊ぶ男がいるかもしれない。とにかく女の子の顔を見ずに、自分の立ち位置だけを説明している。あの先生にぴったりですよ」
「なんかお前、タランティーノっぽいわ」
「どういうことです?」
「レザボアドックスの冒頭だよ。なんだっけ?当時流行ってた曲に出てくる女性をビッチであると仮定して、その曲に対する自論を展開すんのよタランティーノが。知ってる?」
「いや知らないです。面白そうじゃないですか?」
「でも次のシーンではタランティーノはもういないのよ。時間が経過しててその間に死んでるわけ。ナレ死?ってやつ?」
「えー、じゃあ俺死ぬんすか?」
「その物語上ではな。あのオッさんの物語上ではとっくに死んでるよ俺ら。いまのお前の夏色考察で確信したね」
「じゃあこの仕事なかったことにしていいですか?」
「いやーあのオッさんが断るわけないじゃーん。明日には奈良橋から次の打合せのスケジュール出てくるよ。とりあえず今日はお疲れ。ゆっくり休めよ」
「わかりました。お疲れ様でした。また明日お願いします」
「でも奥さん綺麗な方じゃないですか。写真で見たけど」
「その奥さんも弟子と浮気してるけどな」
「え!?弟子って、、、え、マジですか?」
「奈良橋さんが言ってた。先生も薄々気付いてるってさ。でも言えないんだよな。捨てられたらそれで終わりだから」
「マジすか…えー…」
「ゆずの夏色って曲あるだろ?」
「はい。誰もが知ってる名曲の」
「あのオッさんは夏色歌えないんだよ。歌詞に嫉妬するから。自分は学生時代、女の子と自転車に二人乗りしたこともないし、夜の海で花火もしたこともない。そもそも夏も冬もひとりだ。多分駐車場でネコがあくびしてるのもみたことないんじゃないか?」
「いやいや、歌は歌ですよ。そりゃ僕だって学生時代はモテなかったから、たとえば青春活劇!なんて謳われたら歌も映画も小説もちょっとしんどいですよ」
「そんなのと格が違うよ。見たろ?あのオッさん。絶対納得してないのに文句どころかこっちの目すら見れない。ずっと不満そうな顔してぶつぶつ言って。ありがとうございましたすら言えなかったろ?今頃奈良橋に愚痴ってるか、Twitterに嘘松ツイートでもしてるんじゃないか?」
「あ、でも石井さん。あの人でも夏色歌える部分ありますよ」
「え?いきなり何?」
「たしかに夏色は青春に溢れたとにかく疾走感のある曲です。この長い長い下り坂をキミを自転車の後ろに乗せてブレーキいっぱい握りしめてゆっくりゆっくり下ってく。こんなの神に選ばれし者にのみ許された青春ですよ」
「そうだな。それに反面あの奥さんはお前の言うところの神に選ばれし者だろう。自転車の二人乗りなんてしょっちゅうだ。いいよな」
「あー、それで歌詞に嫉妬ってことですか。きついですね。でも違うんですよ。この曲の2番の一部分、ここだけはそれまでの若い疾走感が突然なくなり、何かにひっかかったかのように立ち止まる。青春が嘘かのように、深い夜に主人公が飲み込まれて、それを受け入れる。孤独なんですよ」
「どんな歌詞だっけ?」
「真夏の夜の波の音は、不思議なほど心静かになる。少しだけ全て忘れて、波の音の中、包み込まれていく」
「あー、なんとなく…でもその後どうなるんだよ」
「この細い細い裏道を抜けて、誰もいない大きな夜の海見ながら、線香花火に二人で、ゆっくりゆっくり火をつける」
「無理無理無理。あのオッさんが女と線香花火なんかやったことないだろ」
「でもあの奥さん、周りの目がなければちゃっかり線香花火くらい付き合ってくれそうですよ」
「あー、お前面白いこと言うね」
「あの曲で大事なのは主人公じゃないんです。実は相手の女の子の表情。どんな表情してるのかを感じさせる描写がない。あくまで主人公のこうであってほしい、という歌なんです。だから女の子も別で遊ぶ男がいるかもしれない。とにかく女の子の顔を見ずに、自分の立ち位置だけを説明している。あの先生にぴったりですよ」
「なんかお前、タランティーノっぽいわ」
「どういうことです?」
「レザボアドックスの冒頭だよ。なんだっけ?当時流行ってた曲に出てくる女性をビッチであると仮定して、その曲に対する自論を展開すんのよタランティーノが。知ってる?」
「いや知らないです。面白そうじゃないですか?」
「でも次のシーンではタランティーノはもういないのよ。時間が経過しててその間に死んでるわけ。ナレ死?ってやつ?」
「えー、じゃあ俺死ぬんすか?」
「その物語上ではな。あのオッさんの物語上ではとっくに死んでるよ俺ら。いまのお前の夏色考察で確信したね」
「じゃあこの仕事なかったことにしていいですか?」
「いやーあのオッさんが断るわけないじゃーん。明日には奈良橋から次の打合せのスケジュール出てくるよ。とりあえず今日はお疲れ。ゆっくり休めよ」
「わかりました。お疲れ様でした。また明日お願いします」