こんな話を聞いているうちに、どんな人間になりたいかって言われたときに、僕は田端さんみたいになりたいと、もう心底かっこいいと思いました。

それで僕は田端さんの弟子になって行商軍団に入れてもらうことになりました。
僕を入れて合計6人の行商軍団。

軽トラが3台並んでる車庫の2階で生活しながら野菜果物を売り歩くんですけども、田端さんから毎日のようにこう言われました。

『お前たちは人間力を鍛えるんだ。ハウツーやノウハウやテクニックじゃない、元来人間が根本に持っている゛何のために゛やっているかっていう情熱、人間力から人は物を買いたくなってくる。』


そして行商が終わるとそこの車庫の2階で毎晩勉強会が開かれました。
田端さんが先生で、僕たちアンポンタン5人が輪になって『サルでもわかる勉強会』とかって言って勉強会やるんですけど(笑)

メンバーはみんな少年院あがりだったり、学校に火をつけて逃げてきたようなそんな連中ばっかりでした。共通して言えることはみんなタダでは家に帰れませんっていう連中。
そんな僕たちに田端さんは歴史の勉強をさせてくれたんです。それは僕たちが学校で先生に習うような歴史とは全然違ったものでした。

源頼朝が何のために鎌倉幕府を開いたか。
豊臣秀吉が何のために織田信長の草履を懐で温めて天下人を志したか。
坂本竜馬が何のために薩長同盟を結ばせようと思ったか。

そう言って彼らが幼少の頃からの話を、頭に思い浮かぶように話してくれるんです。
そして坂本龍馬が自分の姉の命と引き換えに脱藩しなきゃならなくなった時に、薩長同盟を結ばせようと思った時に、毎日命を狙われながら何のためにそれをしなきゃならなかったのか。
もうその、何のためにの話ばっかりなんです。それが熱くなるんです。


『吉田松陰はなんのために松下村塾をつくり、何のために獄中で書物を残したのか。
彼は30歳の若さで国賊あつかいされて、東京武蔵野で腹を切ることになってしまう。
だけどその時、いざ腹を切るってなった時、時勢の句を述べた。
大声を張り上げて読んだんだ。


身はたとひ 武蔵野野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂


この身は例え武蔵野の野原で朽ちてしまっても、もうあんたたち徳川には止められない。大和魂にはもう火がついた。みんなが新しい国を作ろうと火がついてしまった。もうとめられんよって、大声張り上げて腹掻っ切って死んだんだ。

だけどその時、塀の外に亡き先生の遺体を迎えに来なければならなかった桂小五郎、久坂玄瑞、伊藤俊輔、高杉晋作達はその時勢の句を塀の外で聞いてどれだけ心が震えたか。どれだけ魂が揺さぶられたと思うか。

お金いくらいただきますから働きますじゃない。

この若い先生が30の若さで腹を切るか切るかの直前にここまで自分の生き様を通して死んだこの思いを、俺たちは無駄にせず命に代えても明治維新をやるんだ。
彼らはそう受け継いだんだ。

その想いが勝海舟や坂本竜馬に乗り移り、みんなに乗り移り、やがては無血革命を起こしたんだよ。
その時に、銭金で誰か人が動いたか?情熱だよ。人間の情熱。

それぐらい、ただやる気で体を動かすんじゃなく、本気になってやったとき、人の心を動かすことができる。
俺たちの先輩はそうやってこの世の中を作ってきたのに、今の世の中はどうだ?
みんな銭金の勝負じゃないか。損か徳かの判断基準でみんないきてるんだよ。
どう思う?』

そう言われて、僕ら涙流しながらその話聞いたんです。
『だから人間力なんだよ、今の世の中はどこかで求めてる。アイデンティティが残っているはずだから。だからせめてお前たちは人間力で生きるんだよ。』