主イエス・キリストの母でおられるマリア様は、主の受胎告知を受けられたとき、決して起こりうることのないことが、あなたに起きると言われたのでした。

結婚もしたいないマリア様に子供が生まれると言うことを聞いた時、きっとマリア様は心が動転したことでしょう。きっと、そのことは、マリア様にとっては、青天の霹靂であったでしょう。

しかし、天使ガブリエルを前にして、「神の言われるように、なりますように。」と神の御前にお答えしたのでした。まさに優等生のお答えだったのですね。

やがて神の御子主イエス・キリストがお生まれになられました。そして、この上ない神のご栄光に満ちた恵みを頂かれたのです。主の母となられたのでした。

神の大いなる御栄光の担い手として、永久までも語り伝えられるのです。

私達は、考えられないようなことが、起きて来る時、どうしても受け入れられずに苦しむことがありますね。マリア様とて、この時同じ事だったでしょう。ではどうしてそのように、御旨のなりますようにと、受け入れられたのでしょうか?

その出来事を神が必ず、用いられるに違いないと、つまり信仰を持って受け取っていかれたのではないでしょうか?

そう、パウロも記しているように、すべてのものは、神によって起こされ、神によって運ばれ、何もかも、神の目的を持って与えられているのですね。

まさに、神の一方的な神の目的を果たすべく、御手にやって運ばれていくのです。

なにもかも、神のご栄光のためになるように、人生を従えていく事です。そのとき、その足跡には、必ず、想像を遥かに超えた神の御栄光を仰ぐことになるのです。

苦しいことを与えられておられる方々にとっては、今話したようなことをいえるのは、ただ、いい格好してるだけやとご批判を受けるかもしれません。

確かに思わぬことに出くわすとき、まあ、それだけで何もできずいっぱいいっぱいかもしれません。

しかしそこで気づくのですが、マリア様は、その状態の中で、主イエス・キリストに全てお委ねなさったのです。

その中に、やがて想像し得なかった神のお恵みに預かる道があったのです。

分かりますね。私達も、その時には、全てを神のみ旨のなるようにと、お委ねしていきましょう。

やがて、考えもしなかった、神の御栄光を拝することになるのですね。

まさに、感謝への道がそこにあると行くことです。

全てが神のままなのなりますように。