まあ、しかし、人生に起きる全てのことは、何一つ無駄になることはないと、言うことです。
そのような考えを持って、自分の人生を一つ一つ、ふりかえるとき、必ずきっと、気づかされます。
本当だ。あんな経験は、もう、2度と嫌だと思ったことだったけど、今となっては、あの辛いことがあったらばこそ、この幸いがあるのだと。
私達には、一寸ん先のことは、何もかもわからないのです。わかっていることは、ただ一つ、主にあっては、何一つ無駄になることはないと言うことなのです。
さて、では、その為にはここで必要不可欠な重要なことがあるのです。無駄にならない為には、必要条件がいると示されています。そう、「主にあっては」ということです。そう、主とともにいることが、必要条件なのです。
あなたは、もう主と共に、人生を歩んでおられますか?主が共に歩んでくださらなくても、私は自分の人生なのだから、自分一人で歩んで行けると言われますか?、まぁ、主とともに歩むことの中にある、真の喜びを知らない方は、そのように思われることでありましょう。
でも、ひと言申し上げたいです。
何故ならば、私の頂いている主とともなる人生のこの上ない、何も何も変えられない、真の安心喜び、人間の幸の全てを網羅した以上のもっと上の最高の幸せを、頂いて生きる事になるのです。
ですから、いかなる絶望が襲っても、主とともに生きていくものは、その抱えた絶望そこが、この上ない幸いの基となるのです。
そうです。考えられないわっていわれるでしょうが、
必ず、主と共に生きていくならば、その幸に預かるのです。
人生はまさに色々な出来事が襲ってきます。嬉しい事ばかりではありません。ですからこそ、どうぞあなたも
主と共に生きていく人生に預かってください。お祈りしています。
