その日と聞いて、何を思われますか?

私達は、この地を生まれて、その日に向かって生きているのです。

ひとりの50代を過ぎた方が、クシャクシャの一枚のトラクトを手や持って、教会に来られました。

お話をお伺いしますと、3度目の乳癌の発症で、今回はもう何の治療もしないつもりですと、最後はホスピスにお世話になるつもりですと、きっぱりと静かに仰ったのが、今も心に強く残っています。


それからというもの、礼拝に、聖書の学びの会にと、健康の許される限り、神の御言葉を聞き続けられました。やがて外泊ホスピスを受けられている時に、ご家庭で、ご家族に囲まれて、信仰告白をなさり、誠に喜びのバプテスマに預かられました。


その時、実は最後の外泊であったのでしたが、「次の外泊の時には、ぜひ教会へ行きます」と。ご主人様が明るいお声で、仰ったことが、今も耳にはっきりと残っています。しかし私はその当日の外泊が、最後の外泊であるということを知っていましたので、なんとも胸を締め付けられるような気になったのでした。


やがて、召される二日ほど前、ベッドの横に座ってご一緒にお祈りをした後。実はもう、その時全身癌に侵されておられ苦しいはずでありましょうが。

はっきりと二度まで「先生、間違いありませんでした。おなかも心も、割ってお見せしたいほど、今私は平安です。ありがとうかございました。有難うございました。」と透き通った声で仰ったのです。その次の日容態が急変。真にとても静かにまさに平安なご様子で召されられました。その場におりました私も、その彼女の平安な安らぐようなご様子に、むのうちふるえるほとでした。神がともなるものへの、神の平安なる勝利を仰がせていただきました。


全ての人は、もれなく、神にお出合いするのです。

そのとき正に、あなたは、どう生きてきたのか?と、神に、おなかも心も割って見ていただくことになるわけですね。

あなたも必ず迎えるその日を平安に、迎えられるものとならせていただきましょう。

今なら大丈夫です。間に合いますから。

どうぞ、彼女が、いこうか、どうしようかとトラクトが、クシャクシャになるまで、考えたけど、やっぱりと、神のみもとにこられたのでしたが、その日はまことに、平安にやすかな勝利の日となったのです。


あなたも、平安なその日をお迎えられるように、あなたのお近くの教会へ、どうぞおいでくださいますようにお祈りしています。


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