生きていたら、罪と無縁ではいられません。誰でもです。

いえいえ、私は誰にも悪いことはしていないし、過ちなどとは、関係ないと思って生きていることでありましょう。決して刑事事件であるとか、法に触れるようなことは何もしていないと、かんがえるのです。

もちろんそうでしょう。しかし、ここで言われている過ちとは、罪とは、神様が人間に問われている罪、過ちなのです。

神様が何を言われても、私に神様なんか関係ないもの!と、あなたは言われるかもしれません。

しかし、あなたが知らなくても、神はあなたのことを知っておられるのです。そして神様を知らないと言っているあなたが、神様の方を振り向く事を、何よりも待っておられるのです。

神様が私達全てのものに、問われている罪とは、神を忘れて、神の方をむかずに、神を知らず、神を忘れて、自分中心に生きていることこそが、罪を抱えて生きているものと見なされるというわけです。

ですけら、私は罪など全く関係なく生きていると言われても、あなたが神を知らず、神に背を向けて生きているならば、神のみ前に、罪を抱えているわけです。

もしあなたがそのような存在であるなら、どうしたら、真実に、神のみ前に、罪なき、いえ、詰み許された存在とされるのでしょうか?

簡単です、今すぐ、神の方へと向き、抱える罪のお赦しをこうことです。

その時誠に不思議なことに、必ず、赦されたものの前には、光り輝く道が開かれ見えてくると言ったような人生の日々が、始められていくのです。

これこそは、悶々とする日々からの脱出なのです。


さぁ神の方へ向き直って、進んでいきましょう。

お祈りしています。