陽光は影のまま歴史に埋没するはずの人間の運命を気まぐれに弄ぶ。熱射線を避けつつ民家や並木の作り出す陰を求めて先を急いだ。じりじりと照らす太陽に皮膚が焼かれ汗は浮き出たそばから蒸発していく。遠い土地を目指してわたしは旅にでた。世界では戦争が始まってしまった。

 

 

 

サハラ以南の砂漠の町ではムスリムたちがモスクに集まって礼拝をしている最中だった。スピーカーから流される大音量のコーランを聴きつつそれぞれの瞑想世界に没入していく。12歳のバシルは自転車のリムを転がして遊んでいる。二、三人の年少の子供を引き連れて。乾季の終盤のもっとも暑さの厳しい時期だった。あの時と何も変わらない。まだ彼らは、あの時のまま陽光で満たされた黄土色の土地で白く際立つ歯をむき出して笑っている。

 

 

激化する戦争のさなか、将軍の命令を絶対として、キャベツは従順に走った。すぐさま、つぎの攻撃によって頭部が粉々にふっとんだ。かれらには、頭を保護するための骨や皮膚がなかった。攻撃されるなんてことは想定の範囲外、戦闘なんてまっぴらだ。紀元前からこのたびずっと食用として開発され続けてきたのだから。キャベツは野菜のなかで、もっとも従順な性格をしていた。だけどそのために体よく戦争に利用された。将軍は忠誠を重んじた。右といえばみんなが右を向く必要があったのだ。だから、一言、突撃と言われれば、一直線、敵に向かって突撃していく。そして、玉砕だ!!時代錯誤もいい戦いぶり。ネアンデルタール人だってもう少しまともな戦い方をしたはずだ。宣戦布告もなしに戦争はとうの昔に始まっていた。先のあの世界大戦ですっかり片が付いたとばかりわたしは思いこんでいた。それでずっと、間抜け面してのうのうと生きていた。ところが、戦争はずっと続いていたというのだ。そんなわけで、わたしはさっそく、荷物をまとめて逃げ出した。どこに逃げればいいのかもわからなかった。この地球上に安全な隠れ家なんてあるのだろうか。これはキャベツたちの革命戦争だった。わたしは戦場を走り抜けて、銃弾の霰を巧みにかわして、塹壕のなかに飛び込んだ。迫りくる火炎放射器は容赦なく、青い野菜の体を焼いた。いとも簡単に!炎の衣をまとったものらは、その絶命する瞬間に歯を食いしばって声にもならない嗚咽を漏らして、二歩、三歩と進んで、そして、崩れ落ちた。どこもかしこも戦火で燃えている。それでも、先に進まなければならない。とにかく無心で走った。彼らが協力し合い、勇猛果敢に戦っている最中に、わたしはこっそり姿をくらませた。ときには手を貸している素振りを見せながら、隙を見て逃げ去った。とにかくこの調子で走り続けるしかないぞ。どこまで行くけるかは、わたしの体力次第だ。長距離の走り方でなければならない。途中でバテようものなら、わたしのようなノロマはその場で殺されてしまうだろう。敵の攻撃によってではなく同胞の手で。

 

 

山稜が視線と水平をなす位置に拝めるほどの高原にやってきた。ここまでくればもう安全。わたしは深く息を吸い込んだ。眼前に、気品溢れるキャベツたちが埋め尽くされている。その様子は牧歌的でサディスクティックな興奮を喚起させる。根こそぎ、荒々しい仕方で引っこ抜いてやりたい衝動にかられるのはわたしだけじゃないはずだ。青々とこわばった葉を外に向かって広げたキャベツは、まるでウェディングドレスを纏った淑女のよう。高原を少し下ったとこに、細い川が流れていた。「いろんなものが流れてくるんだよ。」とバシルは小川を覗き込みながらぼくに説明する。「ときには、途方に暮れたチカラのおじさんなんていうのも流れて来る。本当に途方に暮れているんだぞ。体は本人が思っている以上に衰えているし、気の毒で、放っておくわけにもいかないからさ、網にかけて掬い取ってやるんだ。それで、水槽に入れてやるとしばらく元気そうにしているんだけど、そのうち水に溶けて消えてしまう。バクテリアが水溶性の有機物に分解してくれるんだね」

「放っておきなよ」

「川には悪いバクテリアがいて、肉を腐らせて嫌な臭いを発するから放っておくわけにはいかないよ」

 

逃亡の道すがら出会った遊牧民はよそからやってきたわたしに向かって、「太陽が燃えている、俺たちの命も燃えている、太陽の炎の粉をまとって俺たちは燃えているのだ」と言った。

 

 

 

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