エドワーズ・トロンボーンと私。時々、映画。

エドワーズ・トロンボーンと私。時々、映画。

トロンボーンの楽器・グッズ・練習ネタを中心に。

機材
Edwards アレッシホーン。
オールドコーン8H。
ヤマハ ゼノ881U。
ゲッツェン1064FDR。



こちらもアメリカ出向時代にeBayで、太管のシルバーソニック(刻印はsilver sonorous。画像はイメージ。 )が、ミントコンディション(程度が非常に良い)だったを安くで購入しました。やはりシルバーソニックはジャズと言うこともあり、細管が人気だったため、安く買えたのだと思います。


 記憶では、1970年代の製造モデルだったと思います。


とにかく良く鳴る楽器で、SOLOの曲をパリパリと吹いていました。


ただ、1つ問題があったのがオリジナルのケースです。

とにかく、強度がないのか、引っ越しの時にプチプチ梱包して引っ越し荷物で預けましたが、2回ともベルが変形してしまい、リペアのお世話になることになってしまいました。


当時はアフターマーケットのケースを使うような考えもなく、ただなすがままだったのが悔やまれます。



アメリカ出向時代に、当時流行始めたeBayで楽器店の在庫処分的に安く出されていた新品のものを買いました。

当時の日本円で15万ほどだったかと。

今は定価が86万とかなのですごい時代です。


クリスチャンリンドバーグモデル。

先日のリサイタルでも、ご本人が使われてました。


とにかく独自のロータリーが特徴的です。息抜けはテナートロンボーンと同じ。

ロータリー使用時も、通常のものに比べてオープンな印象でした。

デメリットは首回りの管の出っ張りと、ロータリーの重さ。


アメリカ時代は個人練でしか使わず、結局、本番出番ないままの機材でした。。。


高校に入学して、学校の楽器を他の先輩が使っていて、余りがバストロ(ヤマハのシングルロータリーパス)しかなかったこともあり、初めて楽器を買ってもらいました。


当時、それ以外の楽器を使っている人を見たことない位に、吹奏楽を席巻していたバックの代表モデル42 Bです。

他の選択肢はヤマハのカスタムだったと思います。


それまでヤマハでしかも細管だったので、初めて吹くバックの太管はインパクト大きかったです。

バーンと無理矢理に強く鳴らすような吹き方をしていたのですが、先輩が同じバックで非常に甘い音色で吹いているのを聞いて、音色も少し寄せていったのを覚えています。

その先輩が卒業したらもう戻ってしまいましたが。






(写真はイメージです)



大学生の時に買い換えました。

冷やかしでドルチェ楽器のトロンボーンフェアに行きました。良いものがあるかなぁと言う期待もありましたが、絶対買うぞと言う気持ちまではありませんでした。


ちょうどF管のオープンナップが流行り始めた頃で、漠然とオープンナップが欲しいなぁとも思っていました。見た目が通常の巻よりもかっこいいと言うのもあります。


確かホルンフェアも同時開催していて、大学オケの同級生達と繰り出したのでした。


何本か吹き比べて、やはりオープンラップの抜けの良さに感動し、オープンラップがとにかく欲しいと言う気持ちになっていました。

実はこれ以外にも良いと思える楽器もあったのですが、非常に値段が高く選択肢には上がりませんでした。残念ながらメーカー名は覚えてません。


このトロンボーンですが、ベルはローズブラス、スライドは、ニッケルスライド。バックに比べて、いろんな部分でもクロムメッキの部分が目立つ、そんな楽器です。

塗装の弱いバックに比べて、クロムメッキの多用もあってか外観はこの後10年以上も変わらなかったのを覚えています。


通常はモデル名でTR-160です。これにGの文字が出されているのですが、これは当時、大阪フィルハーモニーの首席奏者だった呉信一先生の監修モデルという意味です。

マウスパイプのみが変更されていると言うふうに聞きました。

吹いてみると、非常に当たりが良く、楽に遠くまでなるような印象でした。


しばらく他の楽器と比べて悩んでいると、なんとそこに呉先生登場!!

いくらか営業トークされた後に、何か一緒に吹いてみようと、当時、オケで練習してブラ3の4楽章を、私がファースト、呉先生がセカンドで、合わせていただきました。

当時レッスンにも行っていなかった私はプロと演奏できたことですっかり舞い上がり、また、やはりプロに下から支えてもらったおかげと思いますが、非常に楽器が良いように思えて、そのままお買い上げとなったのでした。



次は中学校時代の楽器です。

私が行った中学校は、できて2年目の新設校で、まだ吹奏楽部がありませんでした。音楽の先生に直談判して、吹奏楽部を作ってもらい、半年後か1年後にまとめて新しい楽器が入ってきました。

正確なモデル名は覚えていないのですが、バランサーが印象的なヤマハのプロモデルだったのは覚えています。


これが人のお下がりだったこともあり、新しい楽器を吹けるのはとても嬉しくて、自分の楽器を欲しいと思ったこともありませんでした。


肝心の楽器の印象ですが、同じヤマハの細管だったと言うこともあり、前の楽器と変わった感じはありませんでした。それほど351がよくできているのかもしれません。


とにかく、楽器が吹ければ、それだけで楽しいという感じだったので、機材自体には非常に無頓着なころでした。