特に高齢者と関わる時に避けて通れないのが死という問題。


以前から介護の世界に興味があってもやってみようという決意に至らなかった理由の一つに、

死の問題と向き合うことへの躊躇があった。


14歳の時に父親を病気で亡くし、その当時死のショックと向き合えなくて感情に蓋をして、そのままやってきたように思います。介護の仕事をすることで人の死を身近に感じて、あの時無理やり蓋をしたショックが再び呼び起されるような予感がして正直怖いです。


人の死に関わる時に重要なのは、その人がこれまでどういう人生を送ってきたのかを知ることがまず一つだと思います。産まれたら、生まれた瞬間から死に向かって生きるのが人間だけれど、私はこれまでどうせ必ず死ぬのだから今はどうでもいい。みたいな意識が強くありました。でも、そんな生き方は刹那的で後に残せるものが少ないということが少し分かってきました。

いつか必ず迎える死の為に、今をどう生きて、後に何かを残していこう、そんな風に前向きに死を捉えられるように考え方も変換していこうと思う。


怖いけど、今が向き合って乗り越えるいいチャンスなんだとも思います。






ちび子を保育所に送り届けてからはちび太との時間。

お腹の上に彼を乗せて、しばしの間の~んびりとした時間を過ごす。

眠っている彼の顔や寝息がなんとも言えないヒーリング効果をもたらしてくれます。


こんな時間は妊娠中のことを思い返し、「私も君もよく頑張ったよね~!」と讃えあいます。

彼を妊娠中は本当に色んなことがあったし、この世に出てくる瞬間も二人で頑張った。彼は私と共に苦難を乗り越えてきた戦友なのです。あの日々があって、元気に生まれてきたのだから、これから何があってもこの子はきっと大丈夫だろうという妙な信頼感がある。そしてそれは自分に対しても言える。

産む前は産んでからのことに不安を感じたり、自信が持てない時もあったけれど、それらを乗り越えて産むことが出来て、今こうして穏やかな気持ちで彼を抱いているという結果が私を一回り成長させてくれました。



今は次に待ち構えている障壁を遠くに臨みながらしばし休憩。体力温存して、また一緒に頑張ろう!

産まれてきてくれてありがとうね!



今週末からホームヘルパーの資格取得に向けて学校 に通うにあたり、

自宅学習を始めました。


まだテキストの10ページ程度、介護のイロハのイにも満たないのですが、感じることが多すぎてのめりこみそうです。


介護について学びながら、人としての在り方を改めて考えさせられてます。


介護を必要としている人が、その人らしく生きられるための手助けをする

感情移入しつつも、感情に流されずに、適切なサービスを提供する。


このあたりなんかは相手が高齢者や障害者であることに限らず、あらゆる人との関係構築において重要なポイントだと思う。当たり前のことなんだけれど、いざやってみると難しい。

自分が、相手とコミュニケーションを図れる人間であることが大前提であり、コミュニケーションとは要するに上記したようなことの積み重ねなんだと思う。


ここを第一段階として踏まえられて初めて、介護者として専門的で技術的な介護を提供できるようになるんじゃないかと思う。



担いだ荷物をずっと重荷に感じていたけれど、面倒くさがりな私は中身を確認することも、整理することもせずに、ただひたすらに「これは絶対に死守しなければ」と頑張っていた。体力だけはあったので頑張れた。


そうして何年もたって、私の身体は年老いて悲鳴をあげ始めた。

もうこれ以上歩けない。

でも、進みたい。

どうしよう。。。


そうだ!誰かを呼んで担ぐのを手伝ってもらおう!


直ぐに来てくれそうな友を誘った。


しばらく行くと手伝ってくれた友は「私はこちらに行くからここでさようなら。」と私と荷物を置いて別の道へ行った。


だから、また別の友を呼んだ。その友もいつまでも一緒ではなかった。


私はどこまでも荷物を一緒に運んでくれる友が欲しかったけれど、そんな友は現れなかった。


もうだめだ。進みたいけどこれ以上は歩けない。

なんでこんな荷物を持たせたんだ!一体誰が持たせたんだ!

これさえなければ私は歩いていけるのに!

理不尽な怒りが湧き起るもその場しのぎでなんの解決にもなりゃしない。


怒っても仕方ないんだ。


考えよう。。。


ここで進むのを止めるか?それとも思いきって荷物を捨てるか?

・・・でも、どうしても捨てられない。なぜか捨てられない。

捨てることも、進むこともできない。


もう駄目だ。。。あ~あ。私も偉そうなこと言って、結局ここどまりか。




ところで、私がこんなに頑張って運んできた荷物って、

一体なんだったんだろ???


??あれ?今までなんでそこに疑問を抱かなかったんだろう?


…そんな余裕もなく、わがままに、ひたすらに歩いてきてしまったんだなあ。。。



もうどうせ歩けないんだから、のんびり荷物の中身でも見てみるか。



諦めついでに荷物を解いてみることにした。



なんと、重たいと思っていた荷物の中身は自転車と友と家族からの手紙だった。


手紙には応援の言葉と愛の言葉がぎっしりと書き記されていて、読んだ私は涙した。

重くて重くて嫌だった荷物は私の背中を押してくれる力に変わった。


歩く体力が無くなっていた私は自転車を取り出し、さっそうとペダルをこぐ。


老いた体に新たな気持ちを乗せて、新たな方法で、新たな道を行く。









荷物だと思っていると苦しくて嫌になるけど、蓋を開いて見てみると私を動かす力になってくれるものがたくさんある。忙しさを理由に流してしまわずに、眼開いてひとつひとつをしっかり見よう。

とりこぼすことなく、感謝の気持ちで受け止めよう。



ああ。日々ありがとう。




と、かっこつけて振り返ってみました。

いや~だいぶサボってた。

最近のうごき、取り急ぎ羅列。



7月半ばに無事に家族が一人増え、8月末でひとつき半の里帰りが終わる。

我が家に戻ってきてから生活もようやく現実味を帯び始め、貯金も底をつき始め、いい仕事も見つからず、ちょっと自暴自棄になり、そんな折、前職退職時の苦労と努力の果実が実りを迎えて私の元に届く!育児手当金の支給決定通知書!!

ああ。あの日々、大変だったけど頑張って本当によかった。そのお陰で今のこの現状が救われたのだから!!会社との折衝を後押ししてくれた人たちへ改めて感謝。

あの日々を思い出したら、大丈夫!やれる!!と自信が復活。。。。いや~落ち過ぎる前でよかった。


そして先日、バイトが決まり、保育所が決まり、資格取得に向けての学校が決まり、社会に接続されつつある。


来週から週4で仕事が始まり、週1で学校が始まり、

日々をものすごいタイトなスケジュールでこなさなければならない。


仕事を辞めてからの3か月、頭も体もスローな生活漬けになっているのでこの新しい生活に慣れるまでが相当大変だと思う。

私の理想はやってみるまではいいとこしか映さない。

やってみて見えてくる問題点と大変さ。立ちはだかる壁。


想像するなんて意味のないこと。

やる前からあーだこーだ言うな。

まず動け。それから吐け。










子どもと居ると


現実と繋がっていないと


と思わされる。


現実とは・・・いい母親であること、


「私」よりも「母親」という役割をしっかり担える人間であること、


より常識的な人間であること、より愛情深い人間であること、


より善人であること、夢想しないこと、等々。。。


まるで私とは異なる人間であることのようだ。



現実と繋がろうとすることが


現実との乖離を生み出しているみたいでなんか違和感。



私は私のまんまでいいはずだし、


現実と繋がることは


ありのまんまで居れないことでも


夢を描かなくなることでも


やりたいことを諦めることでもない。


親の背中を子どもはちゃんと見ている。


無理していることも見透かされている。



偉ぶらない、善人ぶらない、知ったかぶらない、


愚痴だって弱音だってだらしなさだって


夢だって探究心だって疑問だって


なんだって持っている。



等身大の私があなたの親ですよ~って


明るく笑って言えたらいいな。





そうそう、これこそが紛れもない現実!











夏に向けて、ちび子用の浴衣を作ります(´∀`)


来年も着れるように少しお姉さんっぽい布地を選んでみました。




頭を使って考えながら、手を使って形作っていく。



少しづつ作り上げていく作業はほんと楽しいです。








mochilico☆blog-yukata





昨日の「祝!産休取得 」の続きです。





会社(総務部長)との交渉は電話でが3度と直接顔を合わせてが2度。

約1か月の間に計5度ほどの話し合いを重ねました。

顔を合わせての話合いの際は私の上司も同席していたので2対1でした。


「あなたには産休は認められないし、出産手当金も出ませんよ。」


と当たり前のように繰り返す上司と総務部長。




会社の人間はあてにならないので

結局自分で救い口を探しました。


・労働局

・労働基準監督署

・社会保険事務所

・会社の健保組合


に問い合わせ、私の言葉で、

今の私の状況と今後どうしたいのかを話したところ

もらえたアドバイスは以下の通りでしたので会社側にそのとおりに伝えました。


「退職日が決まっていようがいまいが、申請があれば産前休業を会社は認めなければなりません。

それを認めないというのは法律違反です。」(労働局、労働基準監督署)

 (注)ただし、産前休業が退職日より後の場合はこれに該当しません。



「出産手当金は会社が出すのではなく、健康保険から出るものなので

会社が出すとか出さないとか判断するものでは無いです。」(社会保険事務所、健保組合)






次の日、手の平を返したように、「6月21日から産休OKですから~。」と総務部長より電話が。

とにもかくにも私の主張が通ったことは嬉しかったし、一応、お礼は言いました。

が、総務部長や上司からはそれ以上の話は何もなかったので、私の方からこれまでの会社側が仰ってきたことは一体どういう根拠に基づくものだったのか説明して下さいとお願いしました。すると、総務部長は


「私もこういうケースは初めてで勉強不足でした。」・・・って。


総務部長という責任ある立場にある人が言うにはあまりにも無責任すぎ!


上司は上司で、


「そりゃ申請があれば認めなきゃいけないよ。でも

お前は申請してなかったから取れないよって言っていたんだよ。」って……


もう、言葉も出ません。

うやむやにしようとしてるのか天然なのか頭悪すぎなのか。

一から説明するのにもマジ疲れました。


客観的に見てみると、私はこの会社から”たかが”契約社員扱いされていたんだなあと

思わずにはいられません。



対外的にはコンプライアンスマニュアルとか堂々と掲げてるけど

内ではこんなことがあるのですよ。


会社って一体なんなんですかね~。




4年間本当にお疲れ様。あたし。





今回の契約短縮から契約解除、産休取得問題の一連の出来事に対し、

私は会社から精神的苦痛、不利益を被ったという訴えを起こすことが出来たと思います。

損害賠償としてそれなりの金銭も請求出来たかもしれません。

それくらいとことんやることは自分の立場と人権をしっかり守るためでもあると同時に会社が今後も同じことを繰り返し、私のような苦痛を味わう人間を出すことが無いよう反省させることにも繋がり、とても大きな意味を持つことだと思います。

突然契約を切られたり、不当な扱いを受けて不快な思いをしている人、少なくないと思います。

自分にも非があったからかな・・・とか、

会社が言うなら仕方が無いかな・・・と泣き寝入りしないで欲しいなと思います。


声に出して、助けを求めれば、力を貸してくれる人は必ずいると思います。

やれるだけのことをやって、自分の次のステップと、次の代に繋げて行って欲しいと思います。


今回の私の経験が誰かの役にたてばいいなと思いここに書きました。


あなたは一人きりではないです。

負けないでください。












退職日まで1ヵ月を切りました!


総務部との、攻撃ではなく自衛のための戦い


産前休業を認めるということで決着がつきました!


私は自分の主張が認められたものと喜んでおります。




これまでの会社の言い分(一部抜粋)は…


「雇用契約が6月30で切れる。雇用に継続性が無いのだから産休は認められない。」


「2月末に妊娠したという報告を受けた際にあなたは産前休業の申し立てをしなかったのだから今更遅い。」


「就業規則※は3か月という短期間契約の契約社員には適用されない。」

(※会社の契約社員用の就業規則にはきちんと「産前産後休業は申請があれば認めなければならない」とあります。)

「契約更新の際に6月末まで働けるのかと確認した時にあなたは6月末日まで出来ますと言ったはず。だから産前休業は認められない。」


等々。

色々言われました。


産休は認められないですよ。と断言した総務部長は「これは労働基準監督署に問い合わせて確認しました。」

と言っていたので、最初は私もそういうものなのかぁ??と半信半疑ながらも9割り方諦めモードでした。…が、

実際、自分で問い合わせをしてみたらなんのなんの。そんなことは法律違反のなにものでもなかったのです。


今回ネックになっていたのは


(A)退職日(B)出産予定日(C)6週前の日

より後日の場合でも産前休業は認められないのか否か?

(A)退職日:6月30日

(B)出産予定日:8月1日

(C)出産予定日より6週前:6月21日



でも、よく考えれば、私は雇用契約期間内に産前休業に入るわけで、

当然申請すれば法律で定められている通り、産前休業は認められるべきもののはずなのです。

だから、あれこれ理由を挙げて産休を認めようとしない会社側には何か思惑があるとしか思えませんでした。



そもそも、6月30日まででも、7月末日でも私は働こうと思えば働けるのです。

ならば、なんでこんなに産前休業を取ることに拘ったのか、少し補足説明を。


それは出産手当金です。前にも書いたかも知れませんが、

出産手当金というのは産休を取得しないと支給されないお金なのです。


このお金があるのと無いのとでは

その後の生活にも心のゆとりにも差が出ます。


なので、私は産休を取得することに拘ったのでした。



・・・長くなりそうなので、ここで一度終わりにします。

続きはまた明日!














「退職日が決まっている場合、退職日以前からの産前休業を後から申し出られても認めることはできません。」


という総務部長の回答。








これは法律違反です。



労働局と労働基準監督署に私が直接問い合わせての見解なので間違いないです。


嘘をつくつもり(悪意)はなかったと思いたい。


とはいえ、総務部長という立場の人が言うには


あまりにも無責任な発言で憤りを感じます。





産前産後休業 は退職日が決まっていようがいまいが、申請すれば必ず取得できます。

それに伴い、出産手当金 も受け取れるので、産休を取るか取らないかでは母体の健康面においても、金銭面においても、大きな違いが生まれるでしょう。



働く女性、妊婦はこうした法律できちんと守られています。

これも先代の女性たちが努力して苦労して、勝ち取ってきた権利です!

労働局など、相談すれば親身になって話を聞いてくれるし、知恵も貸してくれます。

会社では孤独な戦いですが、広い目で見れば味方はたくさんいます。


もしも、このブログを読んでくれている方で同じような境遇にある方、居るかな?

一人じゃないですよ!一緒に頑張りましょうね!




自分を守るため、と、前例を作っていくため、

やはり、気合入れて会社との交渉に立ち向かおうと思います!



応援よろしくお願いします!