2 記録
3 脚注
4 外部リンク
経歴[編集]
大学はUCLAでプレイし、卒業までの4シーズン全てでパシフィック-テン-カンファレンスのオールファーストチームに選出され、通算2095得点は同校3位の成績であった。また2001年に日本で開催されたU-21世界選手権(ヤングメン世界選手権)にアメリカ代表として出場し、優勝を飾った。
バスケット>2003年のNBAドラフトにてクリーブランド-キャバリアーズから2巡目全体31位指名を受けてNBA入りを果たす。ルーキーイヤーとなった2003-04シーズンは怪我などにより出場試合数は41試合に留まり、出場時間も多くは与えられなかった。オフに新設されたシャーロット-ボブキャッツのためのエクスパンション-ドラフトにより、カポノはボブキャッツへと移籍[1]。選手層の薄い新設チームではまとまった出場時間を得られるようになり、個人スタッツも上昇した。翌05-06シーズンにはマイアミ-ヒートに移籍。ドウェイン-ウェイド、シャキール-オニールの2枚看板を揃えたヒートはそのシーズン優勝を果たし、カポノはプロ3年目にしてチャンピオンリングを手に入れることになったが、このシーズンのカポノは選手層の厚いチームにおいて出場試合数は51試合に留まり、得点アベレージは半減、プレイオフでもコートに立てた試合は僅か1試合の2分だけだった。