Tatsumuraのブログ

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何が幻想を抱いているんだろう。

本当の姿を知っているのに。

端っこしかしらないと思い込んでる。

それが全てではないにしても、端っこではないのに。

あぁ、また再びあの感情を味わいたいものだと、全てが苦いと知りながら甘いものを求める。

ただ純粋に好きなんだろう。

ゲームみたいなものなんだろう。

不利な所から始めることに楽しみを覚えてしまったんだろうな。





iPhoneからの投稿




寒いと色々考えることがある。

それも柴咲コウの曲を聴くと、もっと感慨深くなってしまう。

何をどうすればいいのかも、現状の把握も、何だかんだと不明瞭。

一体何が正解なのかと考えても、たぶん正解なんてないんだなと結論付けるだけ。

その点仕事や勉強は楽だ。

目指す目標地点がハッキリしてし、大体はやればいいこと、つまり近道的なものが存在してる。

それがないものが人生には多い。

今まさに直面している問題もまた、その類の問題で。

俺はすごく困惑している。

進むしかないし、今更なかったことにできはしないけれど、進路を間違えばそれで終わることもある。

進退を怖がっていては新しいことはできないと、人は言うかもしれない。

でもそこはじっくり詰めるのが、人生の醍醐味であると思う。

即決はかっこいいけれど、でもそれは一種のギャンブルでもある。

今抱えている問題は人生という長いスパンで考えた時、さして大きな問題ではないかもしれない。

がしかし、今の俺には大きな問題である。

その矛盾が何とも言えない感情を沸き起こす。

対象がある問題は自分の頭の中だけで解決できないという不便さを持っているから厄介だ。

うだうだ考えていても仕方ないと結論付けて、進むしかない理不尽さをどこに置いてきたらいいんだろうな。

またもう一つの問題である将来の夢も教員、シャフト、その他の企業、と揺らいでいる。

どんな仕事をしても、結局はのめり込むんだろうと思うけれど、それを一生するとなると結論を出すにはまだ思考が足りないように感じる。

選択肢が無数にあって、でも人生は長いように見えて短い。

やり直すことはできても、戻ることはできない。

だからスリリングで楽しいのだけれど、スリルで遊ぶことはできない。

考えて結果をださないとな。







iPhoneからの投稿





この類の問題は常に自己中心的であるべきであるように思う。

自己中心的に行動した結果、相手からのレスポンスの是非で続くか続かまいかが決まる。

とはいえ、そこまでストイックに自己中心主義を推し進める意味もないので、時には折れると言う選択肢も必要となってくる。

折れすぎず、折らせすぎず、自己中心主義を通す。

スタンスとしてはこれがベストであるように思う。

そして展開としてはできる限りスローテンポで、しかしスローテンポのまま、一定の速度で進むことも危険なので、極端なスピードアップや徐々にスピードを上げていくなど、ある程度スピードに変化を付けることが重要である。

距離については手の届く範囲で、でも届きすぎても良くはない。

少し背伸びをしないと届かないところがベストだと考える。

時間的制約に縛られることはないけれど、物理的制約に阻まれるくらいの感じがいいように思う。

とまぁ、少し考察をしてみたものの、結局はメリハリと言う言葉が一番適当であるように思う。

つまりは縛られてはいけないし、縛ってもいけないと言うこと。