何を今更・・という感じですが、「アートふる山口 」の話。(かなり長文です。しかも、笑わせるネタもなし・・^^;)です。)


わたしが行ったのは、イベントの二日目の日曜日。生憎の雨でしたが、傘をさしてお散歩する気分で歩きました。

しっとりと雨に濡れる一の坂川


喫茶店として営業中のお店です。なた豆をつるしたデコレーションが素敵♪

中は小さな美術館として開放され、オカリナのミニコンサートが開かれていました。

こちらは、昔、造り酒屋だった場所ですが、今は、「まなび館」として文化活動に利用されています。建物は当時の造り酒屋そのままに残し、この日は木彫とパッチワークの展示会やワークショップ、連歌の会が開かれていました。


写真はありませんが、その他にもこの一帯には、いくつもの歴史的な建築物があります。それを見ているだけでも、散策するにあきませんが、そればかりではなく、新しく建て替えられた新築のお宅でも、ガレージやリビングを開放しての、展示会、手作り作品やお菓子などのバザーが開かれていました。近くの商店街とも連携して、街ぐるみ、地域ぐるみのイベントとなっていました。


その中でも、わたしが一番心惹かれたものは、昔、写真館を営んでいたというお宅の玄関先に飾られていた古い写真です。




これらの写真は、すべて山口市内で撮影されたものですが、どこだかわかりますか・・?(簡単な解説がついていますから、わかっちゃいますね・・^^;)。一番上から、「雪舟庭」、ザビエル記念聖堂もある「亀山公園」、椹野川にかかる「鰐石橋」で撮影された写真です。


わたしのデジカメにおさめてしまうと、なんてことなく見えますが、わたしの目見当で、だいたいA3くらいの大きさがある、とても鮮明な写真です。すべて明治年代の撮影といいますから、驚きます。遠く過ぎ去ったかに思える、あの時代が、今と連続している・・それも、とても近い距離でつながっているのを感じる写真でした。いい状態で原版がでてきたために、このような写真が現像できたそうです。


これは、上の写真を撮影するのに用いたカメラです。

説明してくださった、このお宅のおばあちゃまのお話では、このカメラは屋外用。蛇腹部分をたたみ、カメラの奥に見える木の箱に納めて、屋外に運んで撮影したのだということでした。大きな写真を撮影するためには、同じ大きさの原版を使ったので、このように大きなカメラが必要だったのですね。今のデジカメの手軽さとは、えらい違い。どっしりとしてぬくもりのあるカメラで、わたしは触ってみたい衝動を抑えるのがやっとでした。おばあちゃまの許可を得て、カメラを撮影しました。



これは、後日談ということになりますが、10月10日付けの「サンデー山口」というフリーペーパーに、一番上の写真が撮影された背景についての記事がありました。


<稜線>というコラムの抜粋です。


 大殿・堅小路地区を中心に行われた「アートふる山口」は今年も市内外の人気をあつめた。

 今から104年前、山口町時代のアートふる山口の町筋は異国人集団の長期滞留に湧いた。それは1904・5年の日露戦争で捕虜となったロシア人兵たちが山口へ移送されたからだ。・・・(中略)・・・


 1905年4月4日、奉天から護送されたロシア兵捕虜の下士官・兵約500名が宇品から山陽鉄道で小郡に到着、見物の町民がひしめく中を護衛されつつ、徒歩で洞春寺、瑠璃光寺、龍福寺、法界寺の収容所に入った。2日後には、捕虜将校100名も小郡到着、すぐ馬車で70名は祇園菜香亭へ、30名は伊勢小路来島亭(後の愛山荘)に収容される。菜香亭では大広間を区切り寝台と椅子を搬入し、玄関には第一捕虜将校収容所の看板が出され一般町民の出入りは禁止された。


捕虜への対応は山口連帯の管轄で国際法により比較的寛大に行われ、特に将校は市内見物や商店街での買い物をし、兵士たちも香山園散歩、湯田温泉入浴などが許可され翌年2月に帰国した。・・・(後略)・・・



ゆったりとくつろいだ様子のロシア人捕虜のみなさん


「雪舟庭」という場所に、これだけの外国人がいる、しかも寝そべっている人までいる!と、目を丸くしたわたしでしたが、サンデー山口に掲載された記事によって、当時の山口の街の雰囲気までを知るにいたり、なるほどそうであったか・・と、納得しました。


それにしても、捕虜はいい場所に滞在していたのですね。瑠璃光寺も雪舟庭も、由緒正しく、今でも観光スポットとして人気の場所ですし、菜香亭はお茶会なども開かれる美しい場所。おまけに自由に買い物や温泉での入浴を楽しむことができたなんて。ロシヤは寒いぞ~~それに比べたら、山口は暖かい。ひと冬を温泉につかってすごしたロシアの方たちは、不自由な捕虜生活から開放されることはうれしかっただろうけれども、山口からは帰りたくなかったかもね・・・などど思ってしまいました。もちろん、これはわたしの想像にすぎませんが。


歴史を知ることはおもしろいですね。